「AI検索が広がると、従来のマーケティングファネルは使えなくなるのか」「顧客がAIに商品やサービスを比較してもらった場合、その比較検討を企業側はどう把握すればよいのか」。
生成AIやAI検索が情報収集だけでなく、商品・サービスの比較や推薦にも使われるようになると、マーケティング担当者が把握できる顧客行動の範囲にも変化が生まれます。
従来は、検索からWebサイトへ訪問し、記事や比較ページ、事例、料金ページなどを閲覧した後に問い合わせや購入へ進む行動を、アクセス解析やCookie、CRMなどを通じて一定程度追うことができました。
しかしAIが検索、情報整理、比較検討の一部を代行すると、顧客が自社サイトを訪問する前に検討が進む可能性があります。
結論から言うと、AI時代にマーケティングファネルがなくなるというより、企業から見えない場所で進む比較検討が増えると捉える方が実務では分かりやすいでしょう。
本記事では、海外AdTech企業ID5が2026年に提起した「Identity Gap」という問題を一次情報の一つとして参照しながら、AIによる購買行動の変化、マーケティングファネルへの影響、Identityとインテントデータの違い、日本企業が見直したい計測・顧客理解について整理します。
- 結論|AI時代のマーケティングファネルでは「見えない比較検討」が増える
- ID5が提起する「Identity Gap」とは?
- AIが比較検討を代行するとマーケティングファネルはどう変わる?
- AI購買行動はどこまで進んでいるのか
- AIエージェントが進化すると比較検討と購入がさらに近づく
- IM視点|IdentityだけではAI時代の顧客理解は完成しない
- マーケティングファネルのKPIは「AI内・流入後・事業成果」を分けて見る
- BtoBではマーケティングファネルがさらに非線形になる
- AI時代にはコンテンツの役割も変わる
- 日本企業が今確認しておきたいこと
- AIマーケティングファネル実務チェックリスト
- まとめ|AI時代は「ファネルが消える」のではなく、見える範囲が変わる
- FAQ|AIとマーケティングファネルに関するよくある質問
結論|AI時代のマーケティングファネルでは「見えない比較検討」が増える
AIが比較検討を支援するようになると、マーケティングファネルで大きく変わるのは、情報収集から比較検討までの一部が企業サイトの外側で進むことです。
従来であれば、顧客は検索結果から複数のWebサイトを訪問し、記事、サービスページ、料金、事例、レビューなどを自分で比較することが一般的でした。
AI検索や生成AIでは、「自社に合うサービスを3つ比較して」「それぞれの違いと注意点を整理して」と質問することで、AI側が複数の情報源を集め、候補を絞り込むことができます。
この場合、顧客の比較検討は進んでいるにもかかわらず、自社のアクセス解析には何も記録されない可能性があります。
| ファネル段階 | 従来の主な行動 | AI利用時に起こり得る変化 | 企業から見える主なシグナル |
|---|---|---|---|
| 認知・課題認識 | 広告、検索、SNS、記事 | AIへの相談から課題を整理する | AI上の言及、検索需要、広告接触など |
| 情報収集 | 複数サイトを訪問する | AIが複数情報源を収集・要約する | AI経由流入がなければ直接は見えにくい |
| 比較検討 | 比較ページ、料金、事例、レビューを見る | AIが候補や比較軸を整理する | ブランド検索、AI referral、比較ページ閲覧など |
| 意思決定 | 問い合わせ、商談、購入 | AIの推薦を確認し、人が判断する。一部ではAIが購入処理も支援する | 問い合わせ、CV、CRM/SFA、購買データ |
重要なのは、「AIを使った=人が判断しなくなる」と決めつけないことです。
むしろ現時点では、AIで候補を整理した後に、公式サイト、レビュー、価格、営業担当者など別の情報源で確認するハイブリッドな行動も考慮する必要があります。
ID5が提起する「Identity Gap」とは?
ID5は2026年3月18日に公開した「The 2026 Identity Gap: Is Your Strategy Built for Machines?」で、LLMやShopping Agentが購買行動へ入ることで、従来のIdentityとの接続が途切れる可能性を指摘しています。
Digital Identityとは、広告・データ活用において、ブラウザ、デバイス、アプリなどに分散した接点を同じユーザーや対象として認識するための仕組みです。
ID5の問題提起をマーケティングファネルへ置き換えると、ポイントはシンプルです。
顧客がWebサイトへ来る前にAIが情報収集と比較を進めると、その間の行動を企業側のIdentityやアクセス解析へつなぎにくくなるということです。
例えば従来は、検索結果からサイトへ入り、製品Aと製品Bのページを閲覧した行動を確認できたとします。
AI検索では、ユーザーがAIへ「AとBはどう違うか」と質問し、比較結果をAI内だけで確認する可能性があります。この段階では、両社ともWebサイト上の閲覧履歴を取得できません。
ID5は、このようにAIやLLMがユーザーとWebサイトの間へ入ることで生じる識別・計測上の空白をIdentity Gapとして捉えています。
ID5が引用する「37%」はID5独自調査ではない
ID5の記事では、「37%の検索がLLMから始まる」という数字が紹介されています。
この数字の元になっているのはID5独自調査ではなく、2025年11月にEight Oh TwoがAIツールを利用する消費者500人を対象に実施した調査です。
同調査では、37%が検索をAIツールから始めると回答したほか、54%がAIを商品比較に、47%が購買判断の支援に利用した経験があると回答しています。
ただし、調査対象はAIツールを利用している人です。そのため、「生活者全体の37%が必ずAIから検索している」という意味ではありません。
ここで重要なのは数字そのものより、検索、情報収集、比較という従来別々だった行動をAIが一つの会話内で処理できるようになっていることです。
AIが比較検討を代行するとマーケティングファネルはどう変わる?
情報収集と比較検討の境界が曖昧になる
従来のマーケティングファネルでは、「まず情報を集め、その後候補を比較する」という段階分けがしやすいケースがありました。
生成AIでは、一つの質問に対して概要、候補、メリット・デメリット、比較ポイントまでまとめて提示できます。
つまり、情報収集と比較検討が同時進行する可能性があります。
マーケティング担当者から見ると、「記事を3本読んだ後に比較ページへ移動した」といった行動順序ではなく、AI上で複数段階が圧縮されることになります。
Webサイト訪問がファネルの後半へ移る可能性がある
AI内で基本情報や候補比較を済ませた顧客は、企業サイトへ来た時点ですでに一定の知識を持っている可能性があります。
その場合、サイト訪問の役割も変わります。
「何の会社なのかを知る」ためではなく、
- AIから得た情報が正しいか確認する
- 料金や提供条件を確認する
- 具体的な導入事例を見る
- 自社に対応できるか確認する
- 問い合わせや商談へ進む
といった、比較検討後半の確認行動として訪問するケースが増える可能性があります。
結果として、Web流入数だけを見ると接点が減ったように見えても、訪問者の検討度が以前とは異なっている可能性があります。
「サイトへ来なかった人」の検討状況がさらに分かりにくくなる
マーケティングでは、もともと顧客の意思決定をすべて観測できるわけではありません。
社内会議、口コミ、知人からの紹介、競合との商談など、自社から見えない接点は以前から存在しました。
AI検索やAIエージェントは、その見えない領域をさらに広げる可能性があります。
そのため、「ページビューがない=検討されていない」「流入が減った=認知が落ちた」と単純に判断することは難しくなります。
AI購買行動はどこまで進んでいるのか
AIによる購買行動については、「すでにすべての購買がAIへ移った」と考えるのも、「まだ先の話」と考えるのも適切ではありません。
日本国内でも変化の兆しは確認されています。
2025年10月に全国15〜69歳の男女1,500人を対象として実施された国内調査では、生成AIは生活領域で広がりつつある一方、購買行動への直接的な影響は現時点では限定的であり、一部の利用者・カテゴリーから変化が始まっていると整理されています。
つまり、2026年時点では従来のマーケティングファネルが一斉にAIへ置き換わったと考えるより、人が検索・比較するファネルと、AIを介して検索・比較するファネルが並存する移行期と考える方が実態に近いでしょう。
また2026年9月には、日本国内でも人とAIが共同で情報を蓄積し、問答し、判断することを前提とした新しい購買行動モデルが提唱されています。
特定の購買モデルを唯一の正解として採用する必要はありませんが、従来の「検索→サイト訪問→比較→購入」だけでは説明しにくい購買行動が増えていることを示す一例です。
AIエージェントが進化すると比較検討と購入がさらに近づく
AI検索とAIエージェントは区別して考える必要があります。
AI検索は主に、質問に答えたり、情報を探したり、比較したりする用途です。
一方、AIエージェントは、目標に応じて複数の処理を計画・実行する仕組みを指します。
例えば、「この条件に合う商品を探して、価格とレビューを比較し、条件を満たしたら購入候補を提示する」といった一連の処理をAIが担う方向です。
ID5はShopping Agentの発展によって、比較検討と購入の距離が縮まる可能性を指摘しています。
実際に海外では2026年、AIによる商品比較だけでなく、AI Modeなどの会話型インターフェースから購入手続きまでつなげるagentic commerceの仕組みが拡張されています。
ただし、こうした仕組みがあらゆる商品・地域・企業で一般化しているわけではありません。
現時点では、情報探索だけでなく比較・購入までAIが関与できる技術基盤が整い始めている段階として捉えることが重要です。
IM視点|IdentityだけではAI時代の顧客理解は完成しない
ID5の問題提起は、AI時代のIdentityを考えるうえで重要です。
一方、マーケティング実務ではIdentityだけで顧客理解が完成するわけではありません。
Identityが主に答えるのは、
「誰・どのユーザー、アカウント、デバイスなのか」
という問いです。
一方、企業がマーケティングや営業で知りたいのは、それだけではありません。
- 何に興味を持っているのか
- 何を比較しているのか
- 以前と比べて関心が高まっているのか
- 導入時期が近づいているのか
- 次にどの情報を提供すべきなのか
といった情報も必要です。
そこでIdentityと分けて考えたいのが、インテントデータです。
| 項目 | Identity | インテントデータ |
|---|---|---|
| 主に答える問い | 誰・どのユーザー/デバイスなのか | 何に関心を持ち、検討状況がどう変化しているか |
| 主な役割 | 識別、接続、計測 | 興味・関心や検討兆候の把握 |
| 活用例 | 広告配信、クロスデバイス分析、計測 | ターゲット抽出、営業優先順位、コンテンツ設計 |
| 分からないこと | Identityだけでは検討理由や関心度までは分からない | インテントだけでは個人やデバイスを一意に識別できるとは限らない |
AI時代の顧客理解では、次のように複数のデータを役割別につなぐ考え方が重要です。
Identity
↓
顧客・企業の基本情報
↓
Web行動・接触履歴
↓
インテントデータ
↓
CRM / SFA
↓
AIによる整理・解釈
↓
広告・マーケティング・営業アクション
AIはこの中で、単に文章や広告クリエイティブを生成するだけではありません。
分散したシグナルを整理し、「どの顧客で何が変化しているのか」「今確認すべき対象はどこか」を人が判断しやすい状態へ変える用途も考えられます。
マーケティングファネルのKPIは「AI内・流入後・事業成果」を分けて見る
AIが比較検討へ入ると、「サイトへ何人来たか」だけではファネル全体を評価しにくくなります。
そこで、AI時代のマーケティングファネルでは指標を段階別に分けて考えることが重要です。
| 確認段階 | 確認したいこと | KPI・シグナル例 |
|---|---|---|
| AI内の可視性 | AIの回答・比較候補に入っているか | ブランド言及、引用・参照、質問群ごとのShare of Voice |
| Webへの流入 | AIや検索から訪問されたか | AI referral、自然検索、指名検索、ランディングページ |
| サイト内行動 | 訪問後に何を確認したか | 比較ページ、事例、料金、FAQ、再訪、資料閲覧 |
| 関心・検討度 | 関心が高まっているか | 行動頻度、行動の深さ、インテントの変化、複数接点 |
| 事業成果 | 実際の成果へつながったか | 資料請求、問い合わせ、商談、案件化、受注 |
ここで注意したいのは、AI回答への掲載と受注を直接結び付けないことです。
AIで企業を知った後に検索し直したり、営業と話したり、社内会議で再検討したりする可能性があります。
一つの接点だけへ成果を帰属させるのではなく、顧客がどの段階を通った可能性があるかを見る必要があります。
BtoBではマーケティングファネルがさらに非線形になる
BtoBでは、AIによる比較検討を「一人の買い物」と同じように考えないことも重要です。
実際の意思決定には、利用部門、マーケティング、営業、情報システム、法務、決裁者など複数の関係者が参加する場合があります。
ある担当者が生成AIで候補企業を整理し、別の担当者がGoogle検索で評判を調べ、情報システム部門がセキュリティ情報を確認し、決裁者が営業資料を見ることもあります。
そのため、BtoBのAIマーケティングファネルでは、
「一人のユーザーが上から下へ順番に移動する」
というモデルだけではなく、
「複数の人とAIが、それぞれ異なる情報源を使いながら意思決定を進める」
構造も想定しておく必要があります。
AI時代にはコンテンツの役割も変わる
AIが比較検討を支援するからといって、Webサイトや記事が不要になるわけではありません。
むしろAIが情報を整理するためには、参照できる情報源が必要です。
企業側では、AIと人の双方が判断しやすい情報を整える必要があります。
- サービスが誰を対象としているかを明確にする
- 対応できること・できないことを説明する
- 比較軸を明確にする
- 料金・導入条件・利用条件を可能な範囲で整理する
- 導入事例や一次情報を蓄積する
- よくある質問へ明確に回答する
- 企業・サービス・専門領域の説明をサイト内で一貫させる
これはAI検索に対応するLLMOやAEOとも接続します。
重要なのは「AI向けの文章」を別に作ることではありません。
顧客が比較検討するときに必要な情報を、AIにも人にも解釈しやすく整理することです。
日本企業が今確認しておきたいこと
海外で進むagentic commerceやIdentityの議論を、そのまま日本市場へ当てはめることはできません。
媒体環境、プライバシー規制、Cookieの利用環境、企業が保有するCRMデータ、広告・営業組織の構造などが異なるためです。
日本企業ではまず、自社が現在どこまで顧客行動を確認できているかを整理することから始める方が現実的です。
特に、AI内の比較行動そのものを完全に追跡しようとするのではなく、AIからWebサイトへ戻ってきた接点、指名検索、比較コンテンツ閲覧、インテント変化、CRM/SFA上の商談履歴など、取得可能なシグナルをつなぐことが重要です。
AIマーケティングファネル実務チェックリスト
- AI検索や生成AIからの流入をGA4などで確認していますか?
- 検索流入だけでなく、指名検索やAI上でのブランド言及も確認していますか?
- 比較ページ、料金、導入事例など「検討後半」で読まれるページを把握していますか?
- Identityとインテントデータの役割を区別していますか?
- Web行動とCRM/SFAの顧客情報を接続できていますか?
- 一度のページ閲覧だけで購買意欲が高いと判断していませんか?
- 顧客の関心テーマや行動の変化を時系列で確認していますか?
- AIが比較するときに必要なサービス条件、事例、FAQ、比較情報を公開していますか?
- AI経由の接点だけへ成果を過度に帰属させず、問い合わせ・商談・受注まで確認していますか?
- AIエージェントが比較・購入へ関与する将来を想定し、計測対象とデータ連携を整理していますか?
まとめ|AI時代は「ファネルが消える」のではなく、見える範囲が変わる
AIが情報収集や比較検討を支援するようになると、従来のマーケティングファネルをそのまま観測することは難しくなります。
変化の中心は、顧客の比較検討がなくなることではありません。
比較検討の一部がAI内へ移動し、企業から直接見えにくくなることです。
ID5が提起するIdentity Gapは、この変化をAdTech・Identityの側から捉えた問題提起といえます。
一方、マーケティング実務ではIdentityだけを見るのではなく、顧客が誰なのか、何に関心を持っているのか、検討度がどう変化しているのか、最終的にどのような営業・購買行動につながったのかまでつなげて考える必要があります。
そのため、今後の顧客理解では、Identity+Web行動+インテントデータ+CRM/SFA+AIを役割別に整理し、マーケティングと営業の判断へ接続する視点がより重要になるでしょう。
このテーマをより実務に落とし込みたい方へ
IMデジタルマーケティングニュースでは、AI・データ活用・顧客理解・BtoBマーケティングなどをテーマとしたセミナー・ウェビナー情報をまとめています。自社のマーケティングやデータ活用を見直す際の情報収集にご活用ください。
FAQ|AIとマーケティングファネルに関するよくある質問
AIが普及するとマーケティングファネルはなくなりますか?
なくなるとは限りません。認知、情報収集、比較、意思決定という役割は残りますが、情報収集や比較の一部がAI内で進むことで、企業側から各段階を観測しにくくなる可能性があります。
AIは購買行動のどの段階で使われますか?
情報探索、質問、候補抽出、商品・サービス比較、レビュー要約、価格確認などで利用されています。AIエージェントの発展によって、一部では購入手続きまで支援する仕組みも登場しています。
AIが比較検討するとWebサイトへのアクセスは不要になりますか?
必ずしも不要にはなりません。AIで候補を整理した後、公式情報、料金、事例、契約条件などを確認するためWebサイトへ訪問する行動も考えられます。サイトの役割が情報収集から確認・検証へ変化する可能性があります。
Identityとインテントデータは何が違いますか?
Identityは「誰・どのユーザーやデバイスなのか」を識別・接続するための情報です。インテントデータは「何に関心があり、検討状況がどう変化しているか」を考えるためのシグナルです。両者は役割が異なります。
AIマーケティングファネルでは何を計測すべきですか?
AI上のブランド言及や引用、AI経由流入、指名検索、サイト内行動、インテント変化、問い合わせ、商談、受注などを段階別に確認します。一つの指標だけでファネル全体を評価しないことが重要です。
AIエージェントが普及すると広告計測はどう変わりますか?
AIエージェントが情報収集や比較を代行すると、クリックやサイト訪問だけでは購買経路を説明できない場面が増える可能性があります。AI経由流入、Identity、インテント、CRM/SFA、コンバージョンなど複数のシグナルを組み合わせる必要があります。
BtoB企業でもAIによる比較検討を意識する必要がありますか?
検討する価値があります。BtoBでは複数の意思決定者が異なる情報源を使うため、担当者の一人がAIで候補を整理し、別の担当者が検索や営業資料で確認するといった非線形な購買行動が起こり得ます。

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