クッキーレスの次は「スクリーンレス」?音声・エージェントコマースの台頭
広告の環境が大きく変わる中で、検索結果ページやバナーだけに依存しない「音声・エージェント経由の購買」が現実味を帯びてきました。本記事では、スクリーンレス時代のコマースをマーケター視点で整理し、今から準備できる打ち手を解説します。
イントロダクション
この数年、マーケティング界隈では「クッキーレス」「IDソリューション」「プライバシー対応」といったキーワードが繰り返し語られてきました。しかし、環境変化はトラッキングの話で終わりません。次にじわじわと存在感を増しているのが、「スクリーンレスな購買体験」です。
スマートスピーカーに話しかけて日用品を再注文する。車載アシスタントに「帰り道に寄れるドラッグストアで、いつもの目薬を取り置きして」と依頼する。スマホの画面を開かなくても、AIエージェントが家族の好みを踏まえて食材を提案してくれる。こうした世界観は、もはやSFではなく、少しずつ実装が進んでいます。
本記事では、「スクリーンレスコマース」「音声コマース」「エージェントコマース」をひとつの流れとして捉え、マーケターが押さえておきたいポイントと、今から取れる実務的なアクションを解説します。
ここで扱う「スクリーンレス」とは、「ユーザーが常に画面を見ながら操作することを前提としない購買体験」を指します。音声、対話型エージェント、バックグラウンドで動くAIなどを広く含むイメージです。
概要
まず、「スクリーンレス」「音声コマース」「エージェントコマース」という言葉を整理しながら、これらがどのように従来のECと接続していくのかを俯瞰します。
スクリーンレスコマースとは何か
スクリーンレスコマースは、その名の通り「スクリーンを前提としない購買行動」です。厳密には画面が存在していても、ユーザーが常時それを見続ける必要がない体験も含みます。
- スマートスピーカーやイヤホンなど、音声をメインのI/Oにするデバイス
- 車載アシスタントやスマートディスプレイなど、視線が限定される環境での操作
- バックグラウンドでAIエージェントが情報収集・比較・候補提示を行い、人間は最終確認だけを行う購買
これらはいずれも、「画面に並んだ商品一覧から、自分でスクロールして選ぶ」という従来のEC前提が薄くなる体験です。
音声コマースとエージェントコマースの違い
音声コマースとエージェントコマースは似ているようで、少し焦点が異なります。
音声コマース
- ユーザーが声で指示し、音声で結果が返ってくる購買体験
- 主に「インターフェース(UI)」の観点から語られることが多い
- 例:スマートスピーカーに「洗剤がなくなりそうだから、いつものを注文して」と頼む
エージェントコマース
- ユーザーの代わりにAIエージェントが比較・検討・購入候補提示・決済補助を行う購買体験
- UIは音声に限らず、チャットや自動処理も含む
- 例:エージェントが「今月のシャンプーの残量」「家族構成」「予算」を踏まえ、商品と購入タイミングを提案
- 音声コマース:ユーザーの「話し方」が変わる
- エージェントコマース:購買プロセスの「分担」が変わる
- スクリーンレスコマース:そもそも「画面を見る時間」が減る
なぜ今「スクリーンレス」が注目されるのか
スマートスピーカーや音声アシスタント自体は以前から存在していましたが、ここに来て「エージェント」と組み合わさることで、いくつかの条件が揃い始めています。
- 大規模言語モデルによる自然な対話と文脈理解が可能になった
- マルチモーダル化により、場所や状況を踏まえた提案が行いやすくなった
- ユーザー側の生活も、マルチタスク前提(移動中・家事中など)となり、手や目を占有しない操作ニーズが増えている
結果として、「画面に張り付くことなく完結するコマース」が、現実的なオプションとして立ち上がりつつあります。
利点
スクリーンレスな音声・エージェントコマースは、ユーザー・ブランド双方にどのような利点をもたらすのでしょうか。マーケター視点での整理を試みます。
ユーザー側の利点:生活導線と自然に溶け込む購買
ユーザーにとっての分かりやすい利点は、「手と目がふさがっていても、買い物ができる」という点です。
- 料理中にレシピと連動して足りない食材を注文できる
- 車の運転中に、ガソリンや洗車、飲み物の購入などを音声で指示できる
- 育児や家事で忙しい時間帯に、定期購入品の見直しや補充を任せられる
また、エージェントが購入履歴や好みを学習していくことで、ユーザー側の「毎回考える負荷」も減少します。日用品のように条件が安定している商品の場合、「いつものブランド」「いつものサイズ」を前提に、候補の調整だけをしてくれる存在として機能します。
ブランド・事業者側の利点:新しいタッチポイントと継続関係
一方、ブランドや小売事業者側にとっては、スクリーンレスの世界は次のような利点を持ちます。
- 検索結果ページやECモールだけに依存しない「声」と「対話」のタッチポイントを持てる
- ユーザーの生活シーンに近いタイミングで、利用文脈に沿った提案がしやすい
- 一度エージェントの「定番候補」になれば、長期的なリピートにつながりやすい
特にエージェントコマースでは、「一回きりの購入」よりも、「継続的なメンテナンスや補充」が絡むカテゴリーとの相性が良く、ユーザーとの関係性を中長期で育てやすい特徴があります。
スクリーンレスならではの新しいインサイト
スクリーンレス環境では、従来のクリックやスクロールとは異なる形で、ユーザーの意思決定プロセスが現れます。
例えば、音声のやり取りの中には、「なぜその商品を選ぶのか」「何に迷っているのか」といったニュアンスが含まれます。こうした対話ログは、マーケターにとって「顧客の頭の中をのぞく」手がかりになりえます。
- ユーザーがよく使う言い回しや、こだわる属性(価格・ブランド・成分など)
- 比較対象として名前が挙がる競合商品や代替手段
- 「今は買わない」理由として挙がる障壁や不安
こうした情報は、広告クリエイティブやLPだけでなく、プロダクト開発やCX設計にも活かすことができます。
応用方法
ここからは、音声・エージェントコマースを実際のマーケティング施策に活かすためのアイデアを、いくつかのパターンに分けて紹介します。
日用品・消耗品:エージェントによる「賢い定期補充」
まず取り組みやすいのは、購入頻度が比較的一定で、選択肢もある程度決まっている日用品や消耗品領域です。
想定ユースケース
- 「前回購入から○日経過」と「平均消費ペース」をもとに、補充タイミングをエージェントが提案
- 在庫切れリスクが近づくと、「次回はお得な詰め替えサイズにする?」といった音声プッシュ
- まとめ買いキャンペーン期間中のみ、エージェントがユーザーにお得情報を知らせる
マーケター側は、「どういう条件のときに、どういう言い方で提案してほしいか」をシナリオとして定義し、エージェントに引き継ぐイメージです。
食品・レシピ:音声アシスタント × メニュー提案
食品・飲料は、「味の好み」「健康志向」「家族構成」などの文脈が入り混じるカテゴリーです。ここに音声とエージェントを組み合わせると、「メニュー提案」と「購入」がつながりやすくなります。
実装イメージ
- 音声アシスタントに「今日の夕飯は簡単で野菜多めのメニュー」と話しかける
- エージェントが、冷蔵庫の在庫や過去の注文履歴を踏まえ、候補メニューと足りない食材を一覧で提示
- ユーザーが音声でメニューを選ぶと、そのまま近隣スーパーやECで注文リストを作成
このとき、ブランド側は「どのレシピに自社商品をどう位置づけるか」を、データとして提供しておく必要があります。レシピコンテンツや商品とのひも付け情報が、エージェントの提案品質に直結します。
金融・サブスクリプション:プラン見直しの会話パートナー
通信、保険、サブスク型のサービスなど、「契約後のプラン見直し」が発生する領域でも、エージェントは力を発揮します。
- 「今のプラン、使い方に合っている?」という相談を音声で受け付ける
- 利用状況に応じた、プラン変更・オプション追加・解約候補を会話形式で提示
- ユーザーのライフイベント(引っ越し・家族構成の変化など)を聞き取り、適切なタイミングで見直しを提案
従来はメールやDMで案内していたプラン見直しを、「対話で一緒に考えてくれる存在」として提供することで、解約防止やアップセルの機会を増やすことができます。
リアル店舗との連動:音声から来店・受け取りへ
スクリーンレスコマースは、ECだけで完結する必要はありません。近隣店舗や店舗受け取りと連動することで、「今から○分後に受け取れる」「帰り道に受け取れる」といった体験を作りやすくなります。
- 車載アシスタントに「仕事帰りに寄れる店舗で、スポーツドリンクを2本取り置きして」と指示
- エージェントがルート上の店舗在庫を確認し、候補を提示
- ユーザーが音声で店舗を選ぶと、そのまま店舗側にピックアップ指示が送られる
マーケターとしては、「店舗在庫情報」「店舗の営業時間」「受け取り方法」などを、エージェントが利用できる形式で連携しておくことが重要になります。
導入方法
「スクリーンレス」と聞くと構えてしまいがちですが、いきなりフル機能の音声コマースを導入する必要はありません。既存のECやアプリをベースに、段階的に取り組むイメージを持つことが大切です。
第一歩:音声・対話で答えられるFAQやナレッジの整備
もっとも着手しやすい領域は、「よくある質問への回答」を音声・対話で提供できる状態にしておくことです。
具体的なステップ例
- 既存のFAQを棚卸しし、「自然な話し言葉」に書き換える
- 商品仕様・送料・返品条件など、よく聞かれる情報を構造化して整理する
- チャットボットや音声ボットに接続し、問い合わせ対応から着手する
ここで整備したナレッジは、後にエージェントコマースを実装する際の基盤にもなります。
第二歩:音声・チャット経由の「カート作成」までを試す
次のステップとして、「音声・チャットで商品を選び、カートに入れるところまで」を対応範囲に含めていきます。
※決済完了までは人間の確認を挟むなど、段階的な設計が現実的です。
初期の段階では、エージェントが作成したカートをユーザーが画面で最終確認するハイブリッドな形でも十分です。徐々に信頼を獲得し、「いつもの注文は音声だけで完結」へと広げていくアプローチが取りやすくなります。
第三歩:社内の業務プロセスにエージェントを組み込む
外向きの音声・エージェントコマースと並行して、社内のオペレーションにもエージェントを部分的に組み込んでいくと、組織全体での理解が深まりやすくなります。
- 週次レポートのドラフトをエージェントが自動生成
- キャンペーンごとの問い合わせ内容を要約し、改善点を抽出
- 在庫・売上状況の簡易サマリーを、音声で確認できるようにする
社内メンバーが日常的にエージェントと会話する環境を整えることで、外部向けのボイスエクスペリエンス設計にも実感が伴いやすくなります。
ガバナンスとポリシーの整理
スクリーンレス・エージェントコマースの導入では、UX設計と同じくらい、ガバナンスやポリシー設計も重要です。
こうしたルールは、UXテキストや音声ガイドの内容にも直結するため、マーケティング・プロダクト・法務系のメンバーで共通認識を作っておくことが重要です。
未来展望
スクリーンレス・エージェントコマースは、まだ始まりつつあるトレンドですが、中長期で見たときに、マーケティングの前提をどのように変えていくのでしょうか。
ブランドとユーザーの間に「エージェント」が入る世界
これまで、ブランドとユーザーの接点には「検索」「SNS」「ECモール」「店舗」などがありました。エージェントコマースが進むと、そこに「ユーザー専属のAIエージェント」が加わります。
極端な例を挙げると、ユーザーが「何かおすすめある?」とエージェントに聞き、その返答だけを頼りに商品を選ぶ世界です。この場合、ユーザーはブランドロゴやビジュアルではなく、「エージェントがどう評価しているか」に大きく影響されます。
その結果、マーケターは「消費者向けコミュニケーション(B2C)」に加えて、「エージェント向けの情報提供(B2A的な発想)」も意識することになるかもしれません。
選ばれるための条件が変わる
スクリーンレス環境では、ユーザーに提示できる候補数が画面より少ない場面も増えます。音声で読み上げられる商品数には自然な限界があり、エージェントも「3つくらいの候補」に絞って提案しがちです。
- 商品情報が構造化されていて、エージェントが比較しやすいこと
- レビューや評価だけでなく、「どういう人に向いているか」が明確であること
- 在庫・配送・返品条件などがシンプルで、提案しやすいこと
つまり、「AIエージェントが判断しやすい商品情報」を用意することが、今後のプロダクトマーケティングのテーマのひとつになっていく可能性があります。
マーケターの役割シフト:音声と対話の設計者へ
これまでのデジタルマーケティングでは、「画面の中の情報設計」が中心でした。スクリーンレスが広がると、「会話の流れ」「言葉の選び方」「沈黙の扱い方」など、音声・対話のデザインが重要になります。
- エージェントにどういうフレーズでブランドを紹介してほしいか
- ユーザーの迷いや不安に対して、どのような聞き返しをするべきか
- 購入を押しすぎず、自然に背中を押す言い方は何か
コピーライティングのスキルも、「静的なテキスト」から「双方向の会話スクリプト」へと拡張されていくイメージです。
- 商品情報・レシピ・FAQなど、自社の知識をエージェントが使いやすい形で整理する
- 音声・対話のトーン&マナーを、ブランドガイドラインに含め始める
- スクリーンレスな体験を、まずは社内で試し、感覚をつかむ
まとめ
「クッキーレスの次はスクリーンレス」というテーマは、単に技術的な変化の話ではなく、「ユーザーがどこで、どうやって商品に出会うのか」という根本的な問いに関わっています。
- スクリーンレスコマースは、音声UIやエージェントを通じて「画面の外」に購買体験を広げる動き
- ユーザーにとっては、生活導線の中で自然に買い物ができる利便性が高まり、ブランドにとっては新しいタッチポイントと継続的な関係構築の機会となる
- 日用品・食品・サブスク・店舗受け取りなど、既存ビジネスの延長で取り組める領域が多数存在する
- 導入は、FAQやナレッジ整備 → カート作成までの対話 → 社内業務へのエージェント導入、という段階的なアプローチが現実的
- 中長期的には、「エージェントが判断しやすい商品情報」と「音声・対話のブランド体験」を設計することが、マーケティングの重要テーマになっていく
いきなりすべてをスクリーンレスに変える必要はありませんが、「音声で始まり、画面で確認する」「エージェントが提案し、人が決める」といったハイブリッドな体験から少しずつ試していくことで、組織としての知見を蓄積していくことができます。
スクリーンレス・エージェントコマースは、まだ正解の形が固まっていない分野です。だからこそ、マーケターにとっては「自社らしい体験」を設計するチャンスでもあります。
FAQ
最後に、スクリーンレス・音声・エージェントコマースについて、デジタルマーケティング担当者から出てきそうな質問をQ&A形式で整理します。
比較的取り組みやすいのは、生活必需品や消耗品、食品、定期購入と相性が良い商品群です。選択肢がある程度絞られており、ユーザーの「いつもの」が決まりやすい領域ほど、音声やエージェントによる再注文・補充提案が受け入れられやすくなります。
まずは既存のチャットボットや問い合わせフォームの改善からスタートする方法があります。ユーザーがよく尋ねる質問に対して、自然な対話で答えられる体制を整え、その延長線上で一部の商品提案やカート作成まで対応範囲を広げていくと、段階的に学びを得やすくなります。
大きく三つあります。第一に「商品情報・レシピ・FAQなどのナレッジ整備」、第二に「どのタイミングでどのように提案してほしいかというシナリオ設計」、第三に「決済やプラン変更の権限・上限をどう定義するか」というガバナンスの観点です。これらを早めに整理しておくと、エージェントとの連携がスムーズになります。
画面上のビジュアル表現に加えて、「どのようなトーンで話すか」「どんな言葉でユーザーに寄り添うか」が重要になります。ブランドのトーン&マナーガイドラインに、音声・対話のスタイル(敬語の使い方、カジュアルさの度合い、感情表現の幅など)を追加し、エージェントがそれに沿って会話できるように設計することが有効です。
少なくとも当面は、完全に置き換えるというより、「用途やシーンによって使い分けられる複数のチャネルのひとつ」になると考える方が現実的です。視覚的な比較が重要な高額商品や嗜好性が高いアイテムは、引き続き画面を伴う体験と相性が良いでしょう。一方で、日用品や定番商品のように条件が安定している領域では、スクリーンレスの比重が高まっていくと見込まれます。

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