AIエージェント間通信:マシン同士は何を話すのか
人間の指示を待つだけの「ツール」から、マシン同士が相談し合いながら仕事を進める「チーム」へ。
デジタルマーケティングの現場で、AIエージェント間通信がどのように使えるのかを整理します。
イントロダクション
「来週のキャンペーン、AIにざっくり指示しただけなのに、クリエイティブ案も媒体案もレポートのたたき台も揃っている」──そんな光景を支えているのが、AIエージェント間通信です。
従来のマーケティングツールは、人が操作しない限り何も起こりませんでした。しかしAIエージェントは、 「タスクを理解し、自律的に動き、他のエージェントと会話しながら仕事を分担する」 という新しい働き方をします。
ここでいう「会話」は、人間の雑談ではなく、タスク内容・データ・判断結果などをメッセージとして交わすことを指します。
例えるなら、社内チャットでマーケティング担当者同士が連携しているチャンネルを、そのままマシン同士が持っているイメージです。
本記事では、マーケティング担当者の視点から、 AIエージェント間通信で実際にどんなメッセージが飛び交っているのか、 どのような業務に活かせるのか、そして どのように導入を進めればよいのかを、平易な言葉で整理していきます。
AIエージェント間通信を「難しい技術用語」ではなく、「明日からのマーケティング業務の設計材料」として理解できる状態を目指します。
概要:AIエージェント間通信とは何か
AIエージェントとは、単なるチャットボットではなく、「役割」と「行動ルール」を持った自律的なソフトウェアです。 例えば、次のような専門エージェントを想像できます。
- 市場・競合情報を集めて要約する「リサーチエージェント」
- ペルソナやインサイトからコピーを考える「クリエイティブエージェント」
- 媒体ごとの配分案を作る「メディアプランニングエージェント」
- 配信結果を分析し、改善案を提案する「アナリティクスエージェント」
これらのエージェントが互いにメッセージを送り合いながらタスクを進める仕組みが、AIエージェント間通信です。 ここで交わされる「会話」の主な中身は、次のようなものです。
例:「20〜30代向け、月予算◯◯円、獲得単価◯◯円を目標に、ブランド毀損リスクを低く抑えたい」など、キャンペーンの前提条件。
例:過去のCVログ、クリエイティブのクリック率、LPの離脱率など、判断の材料になるデータ一式。
例:「このセグメントは広告頻度を控えるべき」「このコピー案は別パターンと比較テストした方が良い」といった提案メッセージ。
技術的にはAPIやメッセージキュー、構造化されたJSON形式のデータなどが使われますが、 重要なのは「どのエージェントが、どのタイミングで、どの情報を、誰に渡すか」という会話設計です。 マーケティング担当者が関わるべきなのは、この会話設計の部分になります。
利点:マーケターにとって何がうれしいのか
AIエージェント間通信は、単に「自動化されて楽になる」という話にとどまりません。 マーケティング組織全体の働き方や、意思決定の質そのものを見直すきっかけになります。
これまで人が中継していた作業(データのコピペ、レポート作成の下準備、各ツールへのログインなど)を、 エージェント同士の会話に置き換えられます。
- レポート用データの取得・整形を自動連携
- クリエイティブ案と配信結果の紐づけを機械的に記録
- 簡易な集計・比較結果を自動でメモ化
「誰が見るか」「そのときの気分」に左右されがちだった判断ロジックを、 エージェントの会話ルールとして定義できます。
その結果、同じ条件なら同じ判断が繰り返される状態をつくりやすくなります。
エージェント間のメッセージはログとして蓄積されるため、
「なぜその施策に至ったのか」「どんな代替案が検討されたか」が後からたどりやすくなります。
人同士の口頭コミュニケーションでは残りにくかった暗黙知が、テキストとして残る点も大きな特徴です。
エージェント同士で仮説の生成・施策の組み立て・評価案の提示までを回せるため、 人は「何を採用するか」の選択に集中できます。
- A/Bテスト候補の自動ブレスト
- 結果の要約と「次に試すべきこと」の提案
エージェント間通信を導入すると、「手を動かす仕事」から「会話ルールを設計する仕事」へと役割がシフトします。
どのような判断を機械に任せ、どこを人間の責任範囲とするかを、マーケター自身が考えることになります。
応用方法:マシン同士の会話が役立つシーン
ここからは、マーケティング現場でイメージしやすい具体的なユースケースを見ていきます。 それぞれの裏側で、エージェント間ではどのようなメッセージが飛び交っているのかも合わせて整理します。
キャンペーン設計の「相談部屋」としてのエージェントチャット
新しいキャンペーンを企画するとき、マーケターは多くの要素を同時に考える必要があります。 ターゲット、訴求軸、予算、媒体、KPI、クリエイティブの方向性……。
これらを専門エージェントがチャットルームで相談し合うイメージです。
リサーチエージェント:「最近の検索トレンドから見ると、ユーザーは◯◯より△△に反応しやすいようです。」
クリエイティブエージェント:「では、△△を主軸にしたコピー案を3パターン作成します。」
メディアエージェント:「このターゲットなら、まずは◯◯媒体と△△媒体に予算を配分する案を提案します。」
- プランニングの「たたき台」をエージェント同士の会話から自動生成
- 検討過程がログとして残るため、上長への共有資料にも転用しやすい
- 条件変更(予算増減・ターゲット変更)にも素早く再提案が可能
常時運転の「改善会議」としてのエージェント間通信
配信中のキャンペーンは、日々状況が変わります。 ここにエージェントを参加させると、常に裏側で改善会議が開かれているような状態をつくれます。
- アナリティクスエージェントが日次で指標をチェック
- 異常値を検知すると、原因候補の洗い出しをリサーチエージェントに依頼
- 改善案がまとまると、人間の担当者に「次の一手」として提案
このときエージェント同士は、次のようなメッセージをやりとりしています。
「過去◯◯件のキャンペーンと比較して、現在のクリック率は下位◯◯%に位置しています。
類似キャンペーンの中でクリック率が高かったクリエイティブとの違いを分析した結果、画像のトーンとCTA文言に差が見られました。
代替案として、◯◯パターンのクリエイティブをテストすることを提案します。」
顧客体験全体を見渡す「ジャーニー調整役」として
広告だけでなく、メール・LINE・サイト内コンテンツ・カスタマーサポートなど、 顧客が触れる接点は増え続けています。
エージェント間通信を活用すると、チャネルごとのバラバラな対応を「1つの会話」として統合しやすくなります。
- 広告で獲得したユーザー情報を、CRM連携エージェントが即座に共有
- メール・LINE・アプリ通知のエージェントが、重複配信を避けるよう相談
- サポート履歴エージェントが「注意が必要なユーザー」をマーケティング側に共有
人間だけでこの連携を行うには、部門をまたいだ調整コストが大きくなりがちです。
エージェント間通信を「部門横断の通訳役」として活用するイメージを持つと、設計の方向性が掴みやすくなります。
導入方法:どこから手を付ければよいか
「おもしろそうだけれど、どこから始めればいいのか分からない」という声はよく聞きます。 ここでは、マーケティング組織が現実的に取り組みやすいステップに分解してみます。
ステップ1:小さな「役割エージェント」を定義する
いきなり「全部AIに任せる」と考える必要はありません。まずは、次のような「一つの役割に特化したエージェント」から始めると進めやすくなります。
- 週次レポートのドラフトを作るエージェント
- キャンペーンブリーフを要約し、箇条書きに整えるエージェント
- 過去施策の成果を並べて、比較観点を洗い出すエージェント
これらを1エージェント1タスクくらいの粒度で定義し、「どんな入力を受け取り」「どんな出力を返すのか」を簡単な仕様書として書き出します。
入力:キャンペーン名、期間、媒体、主要指標(IMP / CTR / CV数など)
出力:3つの観点(成果の要約・良かった点・次回改善ポイント)を日本語で箇条書きにしたレポート案
ステップ2:エージェント間で渡す「共通フォーマット」を決める
次に、エージェント同士の会話に使う共通フォーマットを決めます。 いわゆる「社内テンプレ」の機械版です。
- 共通のキャンペーンID・媒体ID・施策IDを使う
- ユーザー属性の表記ゆれを避ける(例:「20代前半」「20〜24歳」など)
- メッセージには「前提」「判断」「提案」の3要素を必ず含める
こうしたフォーマットを事前に決めておくと、エージェントを追加したときも会話の整合性が保ちやすくなります。
ステップ3:実験環境で「ログを見ながら」育てる
いきなり本番の予算を動かすのではなく、サンドボックス的な環境でエージェントを動かし、 ログを観察しながら改善していく進め方がおすすめです。
・エージェント同士の会話に、意図と違う解釈はないか
・同じ質問に対して、毎回近い回答が返ってきているか
・不要なやりとり(ループや堂々巡り)が発生していないか
ログを眺めていると、「この条件のときは、こう判断してほしい」というルールや、 「この情報が足りていないから迷ってしまう」といった改善のヒントが見えてきます。
ステップ4:ガバナンスと責任範囲を明文化する
最後に重要なのが、エージェントが「決めてよい範囲」と「人間の承認が必要な範囲」を明確に分けることです。
- 配信停止・大きな予算変更などは必ず人間の承認が必要
- レポート文面の作成・たたき台の作成はエージェントに任せる
- ブランドトーンに関わる表現は、最初は人がレビューする
「何でもAIに任せる」ではなく、「どこまでなら任せてよいか」を組織として決めておくことで、 現場メンバーも安心してエージェントと一緒に働けるようになります。
未来展望:AIエージェント間通信が変えていくもの
AIエージェント間通信は、まだ発展途上の領域です。しかし方向性としては、 次のような変化が徐々に現れてくると考えられます。
プロトコルの標準化と「マルチエージェントスタック」
現在は各社が独自の仕組みでエージェント間通信を実装していますが、 将来的には「マーケティング業務に特化した会話プロトコル」のような共通ルールが整っていく可能性があります。
そうなると、広告・分析・CRM・コンテンツ管理などのツールが、 「マルチエージェントスタック」として一体的に扱えるようになっていきます。
ブランド独自の「会話文化」を持つエージェントたち
企業ごとに「意思決定のクセ」や「ブランドとして大切にしたい価値観」は異なります。 将来的には、これらがエージェントたちの会話スタイルとして学習されていくと考えられます。
- 数値だけでなく、ブランドイメージや中長期的な関係構築を重視する会話
- リスク回避を優先するパターンと、チャレンジを歓迎するパターンの使い分け
- ユーザーの声を素早く取り込み、会話ルールを調整していく仕組み
いわば、「その企業らしさ」をまとったエージェントチームが、日々マーケティング業務を支える世界です。
人間の役割:会話の「場づくり」と「問いのデザイン」
エージェント間通信が高度になっても、「何のために」「どこに向かって」会話をさせるのかは、人間が決める必要があります。
マーケターの役割は、次のような方向にシフトしていくかもしれません。
- エージェント同士がうまく協力できるよう、会話ルールや場を設計する
- ブランドにとって重要な問いを定義し、エージェントに投げかける
- エージェントから返ってきた選択肢の中から、「現実的で、組織に合うもの」を選ぶ
「すべてをAIに任せる」のではなく、「AIと一緒に考えるチームをどう作るか」という視点が、今後ますます重要になっていきそうです。
まとめ:AIエージェント間通信とどう向き合うか
AIエージェント間通信は、「マシン同士が勝手に話している不思議な世界」の話ではありません。 実態としては、これまで人が手と頭を使って行ってきた連携・相談・判断のプロセスを、エージェント同士のメッセージに置き換える取り組みです。
マーケティング担当者にとって大切なのは、技術のすべてを理解することではなく、「どんな会話をさせたいか」を言語化することです。
その視点さえ持っていれば、エージェント間通信は、日々の業務を支える心強いパートナーになってくれます。
まずは、身近な1タスクから。「この仕事、エージェント同士に話し合って進めてもらえないだろうか?」と考えてみるところから始めてみてください。
FAQ:よくある疑問とマーケター視点の答え
従来の自動化は「決めたルール通りに動くフロー」が中心でした。
AIエージェントは、ルールに加えて「状況に応じて考える余地」を持っています。
例えば、想定外のパターンが来たときにも、自分なりに解釈して案を出すことができます。
エージェントの細かい実装はエンジニアの役割になることが多いですが、
マーケターには「どんな役割のエージェントがいて、どう会話してほしいか」を言語化するスキルが求められます。
仕様書やプロンプトの設計など、非エンジニアでも十分に関われる領域が多くあります。
基本的な考え方は、既存のツール連携と同じです。
重要なのは、「どの情報を、どのエージェントに渡してよいか」「どの外部サービスに送信してよいか」をあらかじめ整理しておくことです。
機密度の高い情報は、別の権限管理やレビューのプロセスを設けるなど、運用ルールでカバーすることが多くなります。
施策の数が多く、関係者も多い組織ほど、エージェント間通信の効果を感じやすい傾向があります。
とはいえ、少人数チームでも、週次レポートや定例資料づくりなどの反復業務から導入することで、一定のメリットを得られます。
まずは、「アウトプットはAIが作るが、最終決定は人が行う」領域から始めるのがおすすめです。
レポートのドラフト、キャンペーン案の候補出し、コピー案のバリエーションなど、 人がレビューしやすいアウトプットを優先することで、リスクを抑えつつ学習を進められます。
BIツールは「何が起きているか」を可視化する役割、エージェント間通信は「それを踏まえてどう動くかを議論する場」と考えると整理しやすくなります。
BIから取得した指標をエージェントが読み取り、改善案をまとめる、といった連携を設計すると、既存の可視化基盤もより活きてきます。

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