2025年9月 デジタル広告市場:主要9大プラットフォームアップデートの戦略的インサイトと次なる一手

Criteo広告
著者について
  1. 序章:2025年秋、広告業界を揺るがす5つのメガトレンド
  2. プラットフォーム別 詳細アップデート分析
    1. LINE & Yahoo!:国内最大級プラットフォーム統合の衝撃と新戦略
      1. 発表された統合の核心
      2. 広告主が取るべき具体的な移行プロセス
    2. Google広告:P-MAXの進化と「ブラックボックス」の透明化
      1. AIによる自動化の絶対的推進
      2. 「ブラックボックス」を開くための透明性向上策
      3. Google広告プラットフォーム全体のその他のアップデート
    3. Meta広告(Facebook, Instagram, Threads):成熟期プラットフォームの次なる一手
      1. 広告エンジンのさらなる洗練
      2. ポリシーの厳格化とプラットフォームの健全性
      3. 広告効果に影響するオーガニック機能の進化
    4. Amazon広告:Prime Video広告の本格展開とリテールメディアの深化
      1. Prime Videoを核とした動画広告攻勢
      2. 広告事業を支えるAWSの技術基盤
    5. X広告:Grok AIが変えるアルゴリズムとエンゲージメントの新たな定義
      1. Grok AIがもたらした価値基準の転換
      2. 広告戦略への直接的な影響
      3. ポリシーとフォーマットの変更
    6. Criteo広告:Googleとの連携で拓くリテールメディアの新境地
      1. GoogleとCriteoの歴史的提携
      2. AIが加速させるクリエイティブの自動化
    7. TikTok広告:地政学リスク下のプラットフォーム戦略と広告主の備え
      1. 米国事業再編の現在地
      2. 日本の広告主への影響と備え
    8. Microsoft広告:エコシステム全体で捉える広告機会
      1. プラットフォームとエコシステムの動向
  3. 総括と2026年に向けた戦略的提言
    1. プラットフォーム横断で見るメガトレンドの再確認
    2. 明日の勝利を掴むためのアクションプラン
      1. クリエイティブ制作体制の見直し:AI時代のアセット工場を構築せよ
      2. 組織・スキルセットの再定義:AIを操る戦略家を育成せよ
      3. テスト&ラーニング文化の醸成:「正解」を探すのではなく「適応」し続ける組織へ

序章:2025年秋、広告業界を揺るがす5つのメガトレンド

2025年9月は、デジタル広告業界にとって単なる四半期の始まりではありませんでした。これは、市場の構造そのものを変えかねない地殻変動が、複数の主要プラットフォームで同時に表面化した歴史的な月として記憶されるでしょう。個別の機能改善というレベルを遥かに超え、業界の根幹をなす思想や戦略が大きく転換したのです。本稿では、この激動の1ヶ月に発表された主要9大プラットフォームのアップデートを網羅的に分析し、その背後にある戦略的意図を読み解きながら、マーケターが2026年に向けて今すぐ取るべき次の一手を提言します。

まず、この複雑な状況を俯瞰するため、各プラットフォームの最重要アップデートを以下の表に集約します。

表1:主要広告プラットフォーム別 2025年9月最重要アップデート早見表

プラットフォーム 最重要アップデート マーケターへの示唆
LINE広告 & Yahoo!広告 2026年春のディスプレイ広告統合、「LINEヤフー広告」の誕生を発表  

国内最大級の統合プラットフォーム登場により、メディアプランニングの根本的な見直しが必須に。
Google広告 P-MAXの透明性向上(検索語句ソースの可視化など)と自動化の強制(動画必須化)  

AIへの戦略的インプット(良質なアセット提供)が人間の役割となり、運用の定義が変化。
Meta広告 入札調整機能「値のルール」導入など、AIへの人間による戦略的介入を強化  

AIとの「協業モデル」が進化。ビジネスインテリジェンスをアルゴリズムに反映させる能力が問われる。
Amazon広告 Prime Video広告の本格展開とインタラクティブな新フォーマットの発表  

視聴から購買までをシームレスに繋ぐ「クローズドループ」なCTV広告市場の覇権を狙う動きが加速。
X広告 Grok AIベースの新アルゴリズムへの移行完了、会話と滞在時間を最重視  

「いいね」の数から「会話の質」へ。エンゲージメントの定義が変わり、コンテンツ戦略の転換が不可避に。
Criteo広告 Googleとのリテールメディア連携を発表、SA360経由での広告買付が可能に  

リテールメディアがサイロ化したチャネルから脱却し、主要なプログラマティック広告の一部に昇格。
TikTok広告 米国事業の再編が進行。アルゴリズムのライセンス供与とデータ管理体制が焦点に  

地政学リスクがプラットフォームの運営に与える影響が顕在化。メディア投資におけるリスク分散の重要性が増大。
Microsoft広告 サービス規約改定でTeamsなどコミュニケーションサービスの位置付けを明確化  

検索広告に留まらず、業務用エコシステム全体を横断するB2Bリーチの可能性が拡大。

これらの動きを分析すると、2025年9月の地殻変動は、以下の5つのメガトレンドに集約できます。

  1. 国内市場の再編と巨大プラットフォームの誕生: LINEとYahoo!の統合は、単なるサービス連携ではありません。これは、GoogleやMetaといったグローバルジャイアントに対抗しうる、国産の巨大プラットフォームが誕生することを意味します。
  2. AIの「OS化」:生成AIが広告運用の前提条件に: AIはもはや便利な「機能」ではなく、広告のクリエイティブ生成、ターゲティング、最適化を司る基盤、すなわち「オペレーティングシステム」へと昇華しました。
  3. 自動化と透明性のパラドックス: GoogleのP-MAXに代表されるように、プラットフォームはAIによる自動化を極限まで推し進める一方で、広告主からの「ブラックボックス化」への強い懸念に応え、より高い透明性とコントロール機能を提供せざるを得ないという矛盾した状況にあります。
  4. コマースメディアの成熟と戦略的提携: CriteoとGoogleの提携は、リテールメディアがニッチな存在から脱却し、広告エコシステムの中心的な役割を担う成熟期に入ったことを象徴しています。
  5. エンゲージメントの再定義: Xのアルゴリズム転換は、これまでの「いいね」やインプレッションといった表層的な指標から、会話の深さやコンテンツの滞在時間といった、より本質的なユーザーの関与を評価する時代への移行を告げています。

本稿では、これらのメガトレンドを念頭に置きながら、各プラットフォームのアップデートを深掘りしていきます。

 

プラットフォーム別 詳細アップデート分析

LINE & Yahoo!:国内最大級プラットフォーム統合の衝撃と新戦略

2025年9月、日本のデジタル広告市場に最大の衝撃が走りました。LINEヤフー株式会社が、国内の二大巨頭である「LINE広告」と「Yahoo!広告」のディスプレイ広告事業を統合し、2026年春頃に「LINEヤフー広告」として新たに提供を開始すると発表したのです 。この統合は、単なるブランド名の変更やシステムの連携に留まらず、日本の広告市場の勢力図を塗り替える可能性を秘めています。

発表された統合の核心

今回の発表の骨子は以下の通りです。

  • 新プラットフォームの誕生: 「LINE広告(Talk Head View含む)」と「Yahoo!広告 ディスプレイ広告(運用型・予約型)」が統合され、「LINEヤフー広告 ディスプレイ広告」として一本化されます 。これにより、広告主はこれまで別々に管理・運用する必要があった両プラットフォームの膨大なリーチと多様な広告フォーマットを、一元的に活用できるようになります。
  • 名称の刷新: 統合に伴い、ブランド名称も整理されます。「Yahoo!広告」全体は「LINEヤフー広告」へと名称を変更し、その中で検索広告は「LINEヤフー広告 検索広告」となります。また、両社が個別に展開していた広告ネットワークも「LINEヤフー広告ネットワーク」に統一されます。
  • 統合の対象: まずはディスプレイ広告が統合の中心となりますが、これにはLINEの持つユニークでプレミアムな広告商品であるTalk Head Viewも含まれており、統合プラットフォームの価値を大きく高める要素となっています。

広告主が取るべき具体的な移行プロセス

この歴史的な統合に対し、広告主は冷静かつ計画的に対応する必要があります。特に、既存アカウントの移行パスは明確に区別されているため、注意が必要です。

  • 移行計画の明確化: 最も重要な点は、既存の「Yahoo!広告」(検索・ディスプレイ)アカウントは、特別な移行作業を必要とせず、そのまま新プラットフォームで継続利用が可能であるという点です。一方で、既存の「LINE広告」アカウントは、新プラットフォームへの移行が必要となります。LINEヤフーは、この移行を円滑に進めるためのサポート機能(移行ツールなど)を提供する予定ですが、それまでは現行のLINE広告での配信を継続することが推奨されています 。性急なアカウント再構築は避け、公式のツール提供を待つのが賢明です。
  • アカウント・支払い情報の一元化: 統合の布石として、Yahoo!側ではすでにアカウント基盤の整備が進んでいます。Yahoo! JAPANビジネスIDから統合「ビジネスID」への移行が推奨されており、将来的には新しい「お支払いセンター」を通じてLINEヤフーの法人向けサービスの支払いが一元管理される予定です 。また、これとは別に、広告アカウントの承継等に関する手続きを2025年9月30日までに完了させる必要があります 。これらの管理業務は、統合を見据えた重要な準備作業となります。
  • Yahoo!広告の技術的アップデートへの対応: 統合の裏側では、技術基盤の刷新も着々と進んでいます。Yahoo!広告では、2025年10月16日に新しいスクリプトランタイム(V202510)がリリースされ、旧バージョン(V202501)は11月5日に提供終了となります 。さらに、これまでコンバージョンタグやリターゲティングタグなど目的別に複数設置が必要だったタグの仕組みが、シンプルな構成の新しい「計測タグ」に刷新されることも発表されています 。これらの技術的な変更は、統合後のプラットフォームの安定稼働と機能拡張に向けた基盤作りであり、広告主は早めの情報収集と対応計画の策定が求められます。

この統合の背景には、単なる業務効率化を超えた、壮大な戦略的意図が存在します。個々に見れば、LINEはメッセージングアプリとして圧倒的なユーザー基盤と若年層へのリーチを持ち、Yahoo!はニュースポータルと検索エンジンとして幅広い層の日常的な情報収集の起点となっています。これまでは、広告主がこれらの異なる強みを持つプラットフォームを個別に攻略する必要があり、予算や戦略が分断されがちでした。

しかし、今回の統合により、検索という明確な「意図」を持つユーザーから、日々のコミュニケーションやコンテンツ消費という「日常」に溶け込むユーザーまで、日本国内のほぼすべてのデジタル上のタッチポイントを網羅する、他に類を見ないプラットフォームが誕生します。これは、Googleが持つ「検索+YouTube+ディスプレイ」のエコシステムや、Metaが持つ「SNS+メッセージング」のエコシステムに対し、日本市場に特化した形で真っ向から対抗しうる「第三極」を形成する戦略です。もはや複数の選択肢の一つではなく、国内市場を攻略する上で無視できない「必須のプラットフォーム」としての地位を確立しようという強い意志の表れと言えるでしょう。

また、移行プロセスが「LINE広告からYahoo!広告基盤へ」という片方向である事実は、新プラットフォームの技術的基盤が主にYahoo!の既存システム上に構築されることを示唆しています 。LINEの持つユニークな広告フォーマットや膨大なユーザーデータを、Yahoo!の堅牢な広告配信・計測アーキテクチャに統合する作業は、極めて高度で複雑な技術的挑戦です。「2026年春」という目標は野心的であり、マーケターは、統合初期段階では一部機能に制限があったり、両プラットフォームのデータの真の相乗効果が発揮されるまでには段階的なアップデートが必要になったりする可能性を念頭に置くべきです。この移行期間中は、他のプラットフォームへの投資バランスを柔軟に見直すなど、戦略的なリスクヘッジが求められます。

Google広告:P-MAXの進化と「ブラックボックス」の透明化

Google広告の2025年9月のアップデートは、同社のフラッグシッププロダクトである「P-MAX(Performance Max)」が抱える根本的な矛盾、すなわち「AIによる完全自動化の推進」と「広告主からの透明性要求への対応」という、二つの相容れない力のせめぎ合いを象徴するものでした。GoogleはAIの能力を最大限に引き出すための環境を整備する一方で、広告主が抱く不安を払拭するためのコントロール機能とレポーティングの強化を同時に進めています。

AIによる自動化の絶対的推進

Googleは、P-MAXのパフォーマンスを最大化するため、AIが活用できるアセット(広告素材)の範囲を強制的に拡大する方針を明確に打ち出しました。

  • 動画アセットの必須化: これまで任意であった動画アセットの提供が、事実上必須となりました。広告主が動画を1本も入稿しない場合、P-MAXは静止画やテキストから自動的に動画を生成します。この機能はキャンペーン設定で「自動作成アセット」をオフにしても停止できず、無効化する手段はありません 。これは、Googleのマルチチャネルにおいて動画がパフォーマンスに不可欠であるという強いメッセージであり、広告主は短いものであっても自社のブランドイメージに沿った動画を最低1本は用意する必要に迫られます。
  • 生成AIによるアセット制作支援の強化: クリエイティブ制作のハードルを下げるため、生成AIの活用が加速しています。広告の最終リンク先URLのウェブサイト情報をAIが読み取り、内容に沿ったクイックリンクアセットを自動で提案する機能が提供開始されました 。さらに、AIが追加すべき画像の種類や既存画像の改善方法を提案する機能も強化されており 、広告主はAIとの協業を通じて、より多様なアセットを効率的に準備することが可能になります。
  • 車両広告のP-MAXへの完全移行: 自動車業界向けに提供されていたスマートショッピングキャンペーンがP-MAXへと完全にアップグレードされました。これにより、自動車ディーラーなどはP-MAXを通じて、YouTubeやGmailを含むGoogleの全広告枠に広告を配信できるようになり、この強力な自動化キャンペーンの利用が業界標準となります。

「ブラックボックス」を開くための透明性向上策

一方で、GoogleはP-MAXが「ブラックボックス」と揶揄されてきた状況を改善するため、広告主が長年求めてきたコントロール機能と分析機能を大幅に強化しました。

  • ターゲティングと除外設定の高度化:
    • デモグラフィックターゲティングの追加: P-MAXキャンペーンにおいて、年齢や性別といったデモグラフィック情報に基づいたターゲティング機能が追加されました 。さらに、年齢層での除外設定やデバイスターゲティングといった、より細かい制御機能もベータ版として導入され始めており、広告配信の精度を高めることが可能になります。
    • 除外キーワードの大幅な拡充: ブランドセーフティや広告費用の無駄遣いを懸念する声に応え、除外キーワードの機能が劇的に改善されました。キャンペーン単位で適用できる除外キーワードリストが利用可能になり 、アカウント単位での除外キーワード登録上限数も1,000から10,000へと大幅に拡張されています。
  • レポーティングと分析機能の進化:
    • クリエイティブレポートの強化: URL拡張機能によって自動生成されたテキストアセットなどを確認できる新しいレポートが追加され、意図しないアセットをレポート画面から直接削除できるようになりました。
    • 検索語句の「発生源」の可視化: P-MAXの透明性を飛躍的に向上させる画期的な機能として、検索語句レポートに「ソースカラム」が追加されました。これにより、表示された検索語句が、P-MAXのAIが自動で予測したものなのか、広告主が設定した「検索テーマ」から生まれたものなのかを明確に判別できるようになります 。これは、広告主がAIの挙動を理解し、より効果的なインプットを与えるための重要な手がかりとなります。
    • アセットグループデータの外部出力: これまで管理画面内でしか確認できなかったアセットグループごとのパフォーマンスデータを、外部に書き出すことが可能になりました。これにより、オフラインでの詳細な分析や、チーム内でのデータ共有が格段に容易になります。

Google広告プラットフォーム全体のその他のアップデート

P-MAX以外でも、特に地域密着型ビジネスにとって重要なアップデートがありました。検索広告の地域ターゲティングにおいて、従来の市区町村単位の指定に加え、特定の地点から半径1km~80kmの範囲を指定する「半径指定機能」が追加されました 。これにより、店舗の商圏に合わせた、より精緻な広告配信が可能になります。また、技術的な側面では、オフラインコンバージョンのアトリビューション精度を確保するためのconversion_environmentタグの追加期限が2025年9月30日まで延長されています。

これらのアップデート群を俯瞰すると、Googleがマーケターの役割を意図的に「再定義」しようとしていることが明らかになります。P-MAXによる入札やプレースメントの自動化は、かつてマーケターの主要業務であった戦術的な運用作業をAIに委譲するものです。その代わりにGoogleが人間に求めているのは、AIが最高のパフォーマンスを発揮するための、より質の高い「戦略的インプット」です。動画アセットの必須化や多様なクリエイティブの重要性の高まりは 、マーケターの価値がもはや「キャンペーンを操作する能力」ではなく、「AIを導くための優れた素材を供給し、明確なビジネス目標を設定する能力」にあることを示しています。マーケターは「ボタンを押す人」から「戦略を立てる人」「素材を供給する人」へと、その役割を変えることを迫られているのです。

同時に、今回の一連の透明性向上策は、単なる機能改善ではありません。これは、P-MAXの初期モデルが抱えていた「ブラックボックス」という性質が、ブランドセーフティや厳密な効果測定を重視する大手広告主の本格的な予算投下を妨げる大きな障壁となっていたことへの、Googleからの直接的な回答です。検索語句の発生源の可視化 や、強力な除外キーワード機能 は、広告主がAIの自動化に信頼を置き、安心して予算を委ねるための「必要条件」でした。これらのアップデートは、GoogleがP-MAXを一部の先進的な広告主向けのツールから、あらゆる企業が利用できるマスプロダクトへとスケールさせるために不可欠な、信頼醸成のプロセスなのです。

Meta広告(Facebook, Instagram, Threads):成熟期プラットフォームの次なる一手

Metaの2025年9月のアップデートは、プラットフォームが成熟期にあることを色濃く反映しています。革新的な新機能の投入よりも、既存の強力な広告エンジンのさらなる洗練、広告ポリシーの厳格化によるプラットフォームの健全性維持、そして広告効果に間接的に影響を与えるオーガニック機能のユーザー体験向上に焦点が当てられています。

広告エンジンのさらなる洗練

Metaは、AIによる自動化を基本としつつも、広告主が自身のビジネス知見をアルゴリズムに反映させるための、より高度な機能を提供し始めています。

  • 「値のルール(Value Rules)」の導入: この新機能は、広告主が特定のユーザーセグメントの価値をAIに教えることを可能にします。例えば、年齢、性別、地域、あるいは広告配置といった条件を指定し、過去のデータからコンバージョンしやすいと判断されるユーザー層への入札を自動的に強化(または抑制)できます。-90%から+1000%の範囲で入札額を調整するルールを最大10個まで設定でき、これにより広告主は「どのコンバージョンがビジネスにとってより価値が高いか」という戦略的な判断を、AIの自動入札ロジックに組み込むことができます。
  • 広告セット間の予算最適化: キャンペーン内で、日予算の一部をパフォーマンスの良い広告セットへ自動的に融通する機能が追加されました 。これにより、アルゴリズムがより柔軟に予算を配分し、キャンペーン全体の機会を最大化することが可能になります。

ポリシーの厳格化とプラットフォームの健全性

プラットフォームの規模が拡大し、社会的影響力が増すにつれて、Metaは広告ポリシーの運用をより厳格化しています。

  • センシティブなトピックへの厳しい対応: 特に政治的・宗教的な発言や、人工妊娠中絶といった社会的に議論を呼ぶ内容を含む広告への審査基準が厳しくなっています。これらの分野でポリシー違反と判断された場合、アカウント停止からの復旧が極めて困難になるケースが報告されており、関連分野の広告主はこれまで以上に慎重なクリエイティブ表現が求められます。
  • プラットフォームへの信頼性リスク: 内部告発や訴訟といったニュースは 、広告主にとって直接的な運用上の問題ではなくとも、ブランドが広告を掲載する環境としてのMetaプラットフォームのレピュテーションリスクを考慮する上で、無視できない要素となっています。

広告効果に影響するオーガニック機能の進化

Metaは、ユーザー体験を向上させるためのオーガニック機能の改善にも注力しています。これらの変更は、広告の受け皿となるブランドのプロフィールや、ユーザーとのコミュニケーションの質を高める上で重要な意味を持ちます。

  • InstagramハイライトのUI変更: プロフィール画面のハイライト機能が、従来の丸いアイコン表示から、より多くのカテゴリを一覧しやすいタブ形式の表示に大きく変更されました 。これにより、ブランドは自社の世界観や商品ラインナップを、より整理された形でユーザーに提示することが可能になります。
  • コミュニケーション機能の強化: InstagramのDMで重要なスレッドを上部に固定する機能や、投稿者が自身のコメントをピン留めできる機能が追加されました 。これらは、ブランドが顧客との重要なやり取りを管理し、ポジティブな口コミ(UGC)を目立たせるなど、コミュニティマネジメントをより効果的に行うための強力なツールとなります。
  • ストーリーズのアルゴリズム修正: 多くのユーザーが抱いていた「ストーリーズを1日に何本も投稿するとリーチが減少する」という懸念に対し、Instagram責任者がこれを誤解であると認め、システムが修正されたことが発表されました。今後は、積極的なストーリーズ投稿がむしろ推奨されることになります。

これらのアップデートを総合的に分析すると、Metaが目指しているのは、GoogleのP-MAXのような完全な「ブラックボックス」型AIではなく、人間とAIが協業する「ヒューマン・イン・ザ・ループ」型のシステムであることが浮かび上がります。「値のルール」 のような機能は、その思想を明確に体現しています。AIはリアルタイムの複雑な入札競争を処理する一方で、人間は「どの地域の顧客がより高いLTVを持つか」「どのデバイスからの購入がより収益性が高いか」といった、AIには判断できない外部のビジネスロジックをシステムに注入する役割を担います。これは、AIに全てを委ねるのではなく、人間の戦略的判断でAIを「賢く導く」という、新しい形の運用モデルへの移行を示唆しています。

さらに、DMやコメント、ハイライトといった一連のオーガニック機能の強化は、Metaがプラットフォームの価値を単なる広告インプレッションの量ではなく、「コミュニティの深さ」に見出していることの表れです。Meta広告のパフォーマンスは、ブランドのオーガニックなアカウントの健全性やエンゲージメント率に大きく左右されます。ピン留めコメントでポジティブな社会証明を演出し 、DMで質の高い顧客対応を行い 、ストーリーズで頻繁にファンと交流する 。これらの活動は直接的な広告ではありませんが、広告が成功するための土壌を豊かにします。エンゲージメントの高いコミュニティは、そのブランドからの広告に対してより受容的になるからです。したがって、Metaの戦略は、アプリの中核である「ソーシャルな繋がり」を強化することにあり、それこそが結果的に広告媒体としての価値を最大化するという、長期的で本質的なアプローチであると言えるでしょう。

Amazon広告:Prime Video広告の本格展開とリテールメディアの深化

2025年9月、Amazonはその広告事業の次なる柱として、動画広告、特にPrime Videoへの本格的な注力を鮮明にしました。9月4日に開催された広告事業イベント「Amazon Japan Upfront 2025」は、その決意表明の場であり、Amazonが持つコマースとテクノロジーという二つの強力なエンジンを、動画広告という領域でいかに融合させていくかを示すものでした。

Prime Videoを核とした動画広告攻勢

Amazonは、単に動画配信サービス内に広告枠を設けるだけでなく、その広告体験を独自のコマースエコシステムと直結させることで、他社との差別化を図ろうとしています。

  • 「Amazon Japan Upfront 2025」の開催: この大規模イベントの開催自体が、Amazon Adsが日本の大手ブランド広告主や広告代理店に対し、テレビCMに匹敵するリーチと影響力を持つメディアとして、Prime Video広告を本格的に売り込んでいくという強い意志の表れです。
  • インタラクティブな新広告フォーマット: イベントでは、日本市場におけるPrime Video広告の3つの新しいフォーマットが発表されました。その核となるのは「インタラクティブ機能」です 。具体的な仕様はまだ詳細に明かされていませんが、これは視聴者がテレビのリモコンやスマートフォンを使い、広告から直接商品をカートに追加したり、詳細情報ページに遷移したりできる「ショッパブル広告」の導入を示唆しています。これにより、「視聴」から「購買」への道のりが劇的に短縮されます。

広告事業を支えるAWSの技術基盤

Amazon広告の進化は、世界最強のクラウドプラットフォームであるAWS(Amazon Web Services)の技術革新と表裏一体です。9月に発表されたAWSのアップデートは、将来のAmazon広告の能力を占う上で極めて重要です。

  • 生成AI基盤の強化: Amazonの生成AIサービス「Amazon Bedrock」において、OpenAIのオープンウェイトモデルやAlibaba Cloudの高性能なQwen3モデルファミリーが、東京リージョンで利用可能になりました 。この最先端AIインフラは、将来的にAmazon広告プラットフォームに統合され、より高度なオーディエンスターゲティング、クリエイティブの自動最適化、そして予測的なレポーティング機能などを実現するためのエンジンとなります。
  • 会話型AIの進化: Alexaの基盤技術でもある「Amazon Lex」の生成AI機能が、日本語を含む8言語で利用可能になりました 。これは、将来的には広告フォーマットそのものに革命をもたらす可能性があります。例えば、ユーザーが広告に対して音声で質問し、AIが対話形式で応答する「会話型広告」や、広告からシームレスにAI搭載のカスタマーサービスチャットボットへ繋ぐといった、新しい広告体験の創出が期待されます。

これらの動きを深く考察すると、AmazonがCTV(コネクテッドTV)広告の領域で、その絶対的な優位性である「クローズドループ・エコシステム」を最大限に活用しようとしている戦略が見えてきます。ユーザーがPrime Videoで番組を視聴中に広告を目にし、新しいインタラクティブ機能を使ってその場で商品をカートに入れる。支払いはAmazonアカウントに登録済みの情報で完了し、商品は数日後に自宅に届く。この一連の流れの中で、Amazonは「どの広告が」「誰に表示され」「実際にいくらの売上に繋がったか」を100%の精度で捕捉できます。この完璧な「クローズドループ・アトリビューション」は、広告効果の可視化を求める広告主にとって究極の価値提案であり、YouTubeや地上波テレビといった競合には決して真似のできない、Amazonだけの強力な武器となります。

さらに、AWSの技術アップデートは、単なるクラウドサービスのニュースとしてではなく、Amazon広告の未来を示すロードマップとして捉えるべきです。Amazonの広告事業はAWSと同じ技術基盤の上に成り立っています。東京リージョンで最先端のAIモデルが利用可能になったということは 、Amazonの広告開発チームが、これらのモデルを活用して日本市場に特化した、より洗練されたオーディエンスモデリングや広告効果予測ツールを構築できるようになったことを意味します。同様に、日本語の会話型AIが強化されたことは 、単なる技術デモに終わらず、数年後には我々が日常的に接する広告の形を根底から変える可能性を秘めています。マーケターは、AWSの動向を注視することで、Amazon広告の次の一手を予測し、競合に先んじて新しい広告フォーマットやターゲティング手法を試す準備をすることができるのです。

X広告:Grok AIが変えるアルゴリズムとエンゲージメントの新たな定義

2025年のX(旧Twitter)は、その根幹をなすアルゴリズムに革命的な変化を迎えました。イーロン・マスク氏が開発を主導するAI「Grok」がタイムラインの推薦アルゴリズムに全面的に統合され 、プラットフォームが「価値がある」と判断するコンテンツの基準が根本から書き換えられたのです。この変化は、広告を含むすべてのコンテンツ戦略の前提を覆すものであり、マーケターは旧来の成功法則を捨て去ることを余儀なくされています。

Grok AIがもたらした価値基準の転換

新しいアルゴリズムは、これまでの「いいね」や「リポスト」といった単純なエンゲージメント指標の重みを下げ、ユーザーの時間を有意義なものにするための、より本質的なシグナルを重視します。

  • 「会話」こそが王様: 新アルゴリズムの下では、投稿に対する「リプライ(返信)」や、そのリプライに対してさらに返信するといった「会話の連鎖」が、投稿の評価を決定づける最も重要な要素となりました。ある分析によれば、単なる「いいね」の数十倍もの価値を持つとさえ言われています。
  • 「滞在時間」の重要性: ユーザーが投稿をどれだけの時間、画面に表示させていたか、すなわち「滞在時間(Dwell Time)」が、コンテンツの質を測る新たな指標として浮上しました。特に、2分以上の閲覧時間は極めて高く評価されるとされ 、ユーザーの足を止めさせる力のあるコンテンツ、とりわけ動画コンテンツの価値が相対的に高まっています。

広告戦略への直接的な影響

このアルゴリズムの変化は、広告クリエイティブと運用のあり方に劇的な変化を要求します。

  • クリエイティブの進化が必須に: 単に目を引くだけで、一瞬で消費されるような広告は、アルゴリズムによって評価されにくくなります。これからの広告には、ユーザーが思わずリプライしたくなるような問いかけがあったり、深く読み込みたくなるような情報価値があったり、あるいは会話のきっかけとなるようなエンターテインメント性があったりと、ユーザーの「時間」と「思考」を占有する力が求められます。
  • コミュニティマネジメントがメディア運用の一部に: 広告投稿に寄せられたコメントに返信する行為は、もはや単なる顧客対応ではありません。それは、広告自体の評価を高め、アルゴリズムを通じてさらなるリーチを獲得するための、極めて重要な「メディア運用」の一環となりました。自ら積極的に会話に参加し、盛り上げることで、広告のパフォーマンスを直接的に向上させることができるのです。

ポリシーとフォーマットの変更

アルゴリズムの思想を反映し、広告のフォーマットやポリシーにも変更が加えられています。

  • 広告ポリシーの厳格化: Xは、広告がよりオーガニックな投稿に馴染むよう、ルールを厳格化しました。広告投稿のテキスト内において、ハッシュタグに絵文字を含めることや、URLを直接記載することが禁止されました 。これにより、広告はよりクリーンでネイティブな外観を保つことが求められ、ユーザーは広告に付随するCTA(Call to Action)ボタンを通じて遷移することになります。
  • ダイナミックプロダクト広告の刷新: eコマース事業者向けに提供されているダイナミックプロダクト広告のフォーマットが変更されました。この変更は、リターゲティングだけでなく、新規顧客へのアプローチ(プロスペクティング)においても、より高いパフォーマンスを発揮することを目的としています。

この一連の変化を深く読み解くと、Xがプラットフォームとしての自己規定を「誰もが自由に発言できる広場(Town Square)」から、「質の高い会話が生まれる無数の談話室(Series of High-Quality Conversations)」へと転換しようとしていることがわかります。旧アルゴリズムは、しばしば扇動的、あるいは単純で分かりやすいコンテンツの拡散を助長し、「バイラル」であることが絶対的な価値でした。しかし、Grokを搭載した新アルゴリズムは、そうした表層的な拡散よりも、特定のコミュニティ内での深く、本質的な議論や交流を促進することを目指しています。

これは広告主にとって、根本的なパラダイムシフトを意味します。もはや、不特定多数の最大瞬間風速的なリーチを狙うのではなく、適切なコミュニティに対して、議論のきっかけとなるような示唆に富んだメッセージを投げかけ、そこから生まれる対話を育んでいくアプローチが求められるのです。強いブランド哲学を持ち、消費者と直接対話することを厭わない企業にとって、これは大きなチャンスとなります。

また、広告テキスト内でのURL禁止といったポリシー変更は 、この新しいアルゴリズム思想の直接的な帰結です。新アルゴリズムは「良質なコンテンツ」をユーザーに届けたいと考えています。一方で、URLが露骨に記載された旧来のダイレクトレスポンス型広告は、ユーザー体験を阻害し、低品質なコンテンツと見なされがちです。URLをCTAボタンに集約させることで、Xは広告主に対し、広告の本文ではクリックを煽るのではなく、コンテンツとして魅力的で、会話を誘発するようなコピーを書くことを強制しています。広告がリーチを獲得するためには、まずユーザーがエンゲージしたくなるような「良質なコンテンツ」でなければならない。このルールは、広告主のインセンティブとアルゴリズムの目的を一致させ、コンテンツマーケティングとパフォーマンス広告の境界線を曖昧にしていくでしょう。

Criteo広告:Googleとの連携で拓くリテールメディアの新境地

リテールメディア市場が急成長を遂げる中、2025年9月、そのエコシステム全体に大きな影響を与える戦略的提携が発表されました。コマースメディアのリーダーであるCriteoが、Googleとリテールメディアにおけるオンサイト広告で連携し、Google初のパートナーとなったのです 。これは、リテールメディアが専門的な広告手法から、主要なプログラマティック広告チャネルへと昇格したことを示す象徴的な出来事です。

GoogleとCriteoの歴史的提携

この提携は、これまで分断されていた検索広告とリテールメディアの世界を繋ぐ、重要な架け橋となります。

  • 提携の概要: 2025年9月11日に発表されたこの連携により、広告主はGoogleの統合広告プラットフォーム「Search Ads 360(SA360)」を通じて、Criteoがネットワークするプレミアムなリテールメディアの広告枠を直接購入できるようになります。
  • 仕組みとインパクト: これまで広告主がCriteoのリテールメディア(200社以上の小売事業者のウェブサイト上の広告枠)に出稿するには、Criteoのプラットフォームを別途利用する必要がありました。今回の統合により、多くの広告主が使い慣れたSA360のインターフェースから、検索広告キャンペーンと同じような感覚でリテールメディアキャンペーンを管理・運用できるようになります。これは、小売事業者にとってはGoogleの広大な広告主ベースという新たなデマンドソースへのアクセスを意味し、広告主にとっては購買ファネルの最終段階にいる高意欲な消費者へのアプローチを大幅に簡素化するものです。

AIが加速させるクリエイティブの自動化

Criteoは、この戦略的提携と並行して、自社プラットフォームのAI機能を大幅に強化し、特にクリエイティブ制作の領域で革新的なツールを投入しました。

  • 「事前生成動画」機能: この新機能は、広告主が提供した画像、ロゴ、テキストといった静的なアセットから、AIが自動的に横長・縦長・スクエアという3種類の動画広告を生成するものです。
  • 動画制作の民主化: これまで動画広告は、制作にかかるコストや専門知識が障壁となり、一部の広告主しか手を出せない領域でした。このAIツールは、その障壁を劇的に下げることで、あらゆる規模の広告主が手軽に動画広告を試し、リーチを拡大することを可能にします。
  • その他のAIクリエイティブ支援: Criteoはさらに、プロンプト(指示文)を入力するだけでAIが新たなオリジナル画像を生成する機能や、広告クリック後の遷移先ページのイメージを広告下に表示してユーザーの信頼感を高める「ランディングページプレビュー」機能なども提供しています。

このGoogleとの提携は、リテールメディア市場の「メインストリーム化」を決定づけるものです。これまでリテールメディアは、急速に成長しつつも、各小売事業者が個別のネットワークを運営するなど、市場が細かく分断されていました。広告主は、Criteoのようなアグリゲーターを利用するか、個別の小売事業者と直接取引する必要があり、メディアプランニングやバイイングが煩雑になりがちでした。しかし、GoogleがSA360という巨大なプラットフォームにCriteoのネットワークを統合したことで 、リテールメディアは、検索広告やソーシャル広告と並ぶ、プログラマティック広告エコシステムの「コアコンポーネント」としての地位を確立したと言えます。これは、Amazonという巨大な「ウォールドガーデン」に対抗するため、Criteoがネットワークする独立した小売事業者たちが連携し、巨大プラットフォームと接続することで活路を見出すという、「オープンウェブ」の新たな戦い方を示しています。

同時に、Criteo自身の戦略も大きな転換点を迎えています。同社は、第三者Cookieの衰退という逆風の中、単なる「リターゲティングの会社」からの脱却を急いでいます。その答えが、AIを駆動力とする「コマースメディアプラットフォーム」への進化です。特に、AIによる動画クリエイティブの自動生成機能 は、これまでCriteoが不得手としていた、購買ファネルのより上流(認知・比較検討段階)にいるユーザーへアプローチするための強力な武器となります。Googleとの提携が、購買意欲の極めて高いユーザーへのアクセスを担保する「守り」の戦略だとすれば、AIによるクリエイティブ強化は、ブランドの新たな顧客を発見するための「攻め」の戦略です。この両輪によって、CriteoはポストCookie時代を生き抜くための、盤石な事業基盤を築こうとしているのです。

TikTok広告:地政学リスク下のプラットフォーム戦略と広告主の備え

TikTokは、その圧倒的な成長力とユーザーエンゲージメントで広告市場における存在感を増し続ける一方で、常に地政学的なリスクという不確実性を抱えています。2025年9月時点においても、その最大の焦点である米国事業の再編問題は、依然としてプラットフォームの将来に影を落としており、日本を含むグローバルな広告主にとっても無視できない状況が続いています。

米国事業再編の現在地

米政府とTikTokの親会社であるByteDanceとの間の協議は、プラットフォームの存続に向けた具体的な枠組みを形成しつつあります。

  • Oracle主導の新体制: 協議されている案では、TikTokの米国事業を、米国の投資家が主導する新しい会社に切り出す形で再編します。その新会社において、テクノロジー企業のOracleが米国内のユーザーデータ保護やアルゴリズムの検証・監督といった、セキュリティの根幹を担う役割を果たす方針です。
  • アルゴリズムのライセンス供与: この再編案の核心は、ByteDanceがその生命線であるレコメンデーションアルゴリズムを売却するのではなく、米国の新会社にライセンス供与するという点です。供与されたアルゴリズムは、米国内のデータのみを用いて「再学習」され、その挙動の妥当性はOracleによって常に監視されることになります。

日本の広告主への影響と備え

この米国での動きが、直ちに日本の広告主に運用上の影響を与える可能性は低いと見られています。

  • 直接的影響の限定性: 日本国内のみをターゲットとする広告キャンペーンにおいては、提供体制や法規制が急変する兆候はなく、広告主はこれまで通りプラットフォームを利用することが可能です。
  • 考慮すべき間接的リスク: しかし、中長期的な視点では、以下の間接的なリスクを考慮する必要があります。
    • ブランドセーフティ環境の変動: 米国での政治的な議論が再燃するたびに、TikTokはネガティブな報道の対象となる可能性があります。広告主は、自社ブランドがそうした文脈で語られるリスクを常に念頭に置き、ブランドセーフティを確保するための監視体制を整える必要があります。
    • アルゴリズムの分岐: 米国で「再学習」されたアルゴリズムは、時間をかけてグローバル版のアルゴリズムとは異なる特性を持つようになる可能性があります。これは、米国を含む複数の地域でグローバルキャンペーンを展開するブランドにとって、地域ごとにクリエイティブやターゲティング戦略の最適化が必要になることを意味します。
    • データガバナンスへの関心の高まり: この一連の騒動は、データ主権やプライバシーに関する世界的な議論を象徴しています。将来的には、日本や他の国々でも同様の規制が導入される可能性があり、プラットフォームを横断したデータ活用のあり方が問われることになります。

プラットフォーム自体は、こうした外部環境の不確実性とは裏腹に、TikTok Shopの拡大やアルゴリズムの進化をテーマにしたセミナーが開催されるなど、マーケターからの高い関心を集め続けています。

この状況を深く分析すると、グローバルブランドにとって、TikTokはもはや単一のプラットフォームではなく、国や地域の規制環境に応じて異なる運営形態をとる「連合体(Federated Platform)」のような存在になりつつあることがわかります。米国での一件は、国家安全保障やデータ主権を懸念する他の国々が、同様の要求を突きつける際の先例となり得ます。これは、グローバルなマーケティング戦略を展開する企業が、もはや単一の成功方程式に頼れなくなることを意味します。各主要市場の規制、文化、そしてアルゴリズムの微妙な差異を理解し、それぞれに最適化されたローカライズ戦略を構築する能力が、これまで以上に重要になるでしょう。

そして、日本の国内広告主にとっての真のリスクは、運用が止まるといった直接的な混乱ではなく、「自分たちには関係ない」という「現状維持バイアス」に陥ることです。米国での事態は、デジタルプラットフォームがいかに地政学的な要因によってその存立を揺るがされうるかという事実を、改めて浮き彫りにしました。賢明なマーケターは、この一件を、特定のプラットフォームへの過度な依存がもたらす事業リスクを再評価する絶好の機会と捉えるべきです。特に、国際的な政治情勢の影響を受けやすいプラットフォームへの投資比率を客観的に評価し、メディアミックスの多様化を通じて、いかなる外部環境の変化にも耐えうる強靭なマーケティング戦略を構築すること。それが、今回の事態から我々が学ぶべき最も重要な教訓なのです。

Microsoft広告:エコシステム全体で捉える広告機会

Microsoft広告のアップデートは、GoogleやMetaのように単一の広告プロダクトの機能変更として語られることは稀です。その本質は、Windows、Office、Edge、そしてTeamsといった、同社が擁する広大な「プロフェッショナル・エコシステム」全体の変化の中にこそ見出すことができます。2025年9月の動向もまた、このエコシステム全体で広告機会を捉えることの重要性を示唆しています。

プラットフォームとエコシステムの動向

Microsoftの9月のアップデートは、直接的な広告機能の追加よりも、その広告が配信される環境そのものの整備に焦点が当てられています。

  • サービス規約の更新: 2025年9月30日をもって、Microsoftのサービス規約が更新されます。この改定では、新たに「コミュニケーション サービス」のセクションが設けられ、SkypeやTeamsといったサービスが補足的な利用条件の対象となることが明記されました 。これは、Microsoftがこれらのコミュニケーションツールを自社エコシステムの中核として明確に位置づけ、将来的なマネタイズやデータ活用の基盤を整えていることを示唆します。
  • オーディエンスターゲティング機能の継続的強化: 9月の発表ではありませんが、直近の8月のアップデートでは、インプレッションベースのリマーケティング機能の強化や、ネイティブ広告向けのオーディエンスプランナーの大幅なアップデートなど、オーディエンスターゲティングに関する機能改善が継続的に行われていることが確認できます。
  • 基盤となるエコシステムの維持・更新: Microsoftは、主力OSであるWindows 11の品質向上アップデートを継続的にリリースする 一方で、サポート終了が近づくWindows 10の管理を進めています 。また、自社ブラウザであるMicrosoft Edgeのセキュリティ脆弱性への対応も迅速に行われており 、ユーザーが安全に利用できる環境を維持することで、広告ネットワークのリーチと信頼性を担保しています。

これらの情報を総合すると、Microsoft広告の独自の価値提案がより鮮明になります。それは、単なる「Bingでの検索広告」に留まらない、「プロフェッショナル・エコシステム全体へのアクセス」です。Googleが個人の消費行動や興味関心を、Metaがソーシャルな人間関係をデータソースの核とするならば、Microsoftの比類なき強みは、Windows OS、Officeスイート、そしてTeamsを通じて、人々の「仕事」という文脈に深く根差している点にあります。

今回のサービス規約改定でTeamsが明確に言及されたことは 、特に象徴的です。これは、Teamsが単なる会議ツールではなく、将来的に広告配信の場となったり、あるいは(プライバシーに配慮した形で)B2Bターゲティングのための重要なシグナルソースとなったりする可能性を示唆しています。

したがって、特にB2Bマーケターは、Microsoft広告を「Google広告の代替」として捉えるのではなく、独自の価値を持つプラットフォームとして再評価すべきです。その真価は、ユーザーが最も生産的で、専門的な情報収集や意思決定を行う「勤務時間中」のデジタルライフ全般に、様々な形でリーチできる可能性にあります。Microsoftのエコシステム全体の動向を注視することは、この高価値なプロフェッショナルオーディエンスにリーチするための、新たな広告戦略のヒントを与えてくれるでしょう。

総括と2026年に向けた戦略的提言

2025年9月に各プラットフォームが示した方向性は、もはや個別の変化としてではなく、業界全体を覆う構造的なシフトとして理解する必要があります。AIとの関係性、データの価値、そして組織のあり方そのものが、根本から問い直されています。この最終章では、これまで分析してきた各社の動向を統合し、2026年以降のデジタル広告市場で勝ち抜くための戦略的な提言を行います。

プラットフォーム横断で見るメガトレンドの再確認

第1部で詳述した9大プラットフォームの動向は、序章で提示したメガトレンドが業界全体で不可逆的に進行していることを裏付けています。

  • AIとの協業モデルへの完全移行: Google P-MAXの動画必須化やCriteoのAI動画生成機能は、もはやAIが単なる補助ツールではないことを示しています。これからのマーケターの役割は、AIという強力なエンジンを操縦する「戦略的ディレクター」です。成功の鍵は、どれだけ手動でキャンペーンを調整したかではなく、どれだけ質の高いインプット(クリエイティブアセット、オーディエンスシグナル、明確なビジネス目標)をAIに与えられたかで決まります。
  • ファーストパーティデータの戦略的価値の増大: LINEとYahoo!の統合、CriteoとGoogleの連携といったプラットフォームの再編は、巨大なエコシステム内での顧客アプローチを可能にする一方で、その中で自社の顧客を正確に識別し、コミュニケーションを最適化するための「鍵」として、ファーストパーティデータの重要性をかつてなく高めています。自社で収集・管理する顧客データは、これらの新しいエコシステムを最大限に活用するための最も価値ある資産となります。
  • 統合プラットフォーム時代における予算配分と効果測定の再設計: 国内に「LINEヤフー広告」という巨大プラットフォームが誕生し、リテールメディアが主要なプログラマティックチャネルに組み込まれた今、従来のメディアミックスモデルやアトリビューション分析は、その前提が崩れつつあります。各プラットフォームの役割と貢献度を再定義し、新しい市場構造に即した予算配分と効果測定のフレームワークを早急に構築する必要があります。

明日の勝利を掴むためのアクションプラン

この構造変化に適応し、未来の競争優位性を築くために、企業は以下の3つの領域で具体的なアクションプランを実行すべきです。

クリエイティブ制作体制の見直し:AI時代のアセット工場を構築せよ

AIによる広告運用が主流となる時代、クリエイティブはマーケターが直接コントロールできる数少ない、そして最も重要な差別化要因となります。

  • 提言: 「スケーラブル・コンテンツ」制作ワークフローを確立すべきです。P-MAXのようなプラットフォームが要求する多様なアセットに常時応えられるよう、特に動画コンテンツの迅速な制作・編集体制への投資は不可欠です。Criteoが提供するようなAIクリエイティブツールを積極的に活用し、人間の役割を「ゼロから作ること」から、「AIが生成した無数のバリエーションを戦略的にテストし、改善サイクルを高速で回すこと」へとシフトさせるべきです。組織内に、クリエイティブディレクター、データアナリスト、そしてAIツールオペレーターが連携する、新しい形の制作チームを構築することが求められます。

組織・スキルセットの再定義:AIを操る戦略家を育成せよ

プラットフォームが「システム化」する中で、求められる人材像も大きく変化します。個別のキャンペーン管理能力よりも、システム全体を俯瞰し、ビジネス目標達成のためにAIをどう活用するかを設計する能力が重要になります。

  • 提言: これからのマーケターは、一つの専門領域(例:クリエイティブ戦略、ブランドマーケティング)に深い知見を持ちつつも、データサイエンスの基礎、AIへの的確な指示(プロンプトエンジニアリング)、そしてプラットフォームを横断した分析能力といった幅広いスキルを兼ね備えた「T字型人材」であるべきです。研修プログラムを見直し、チームのミッションを「キャンペーン管理」から、AI、データ、クリエイティブという入力要素を管理する「システムマネジメント」へと再定義する必要があります。

テスト&ラーニング文化の醸成:「正解」を探すのではなく「適応」し続ける組織へ

Xのアルゴリズム変更が示すように、デジタル広告の世界に永続的な「正解」はもはや存在しません。変化こそが常態であると認識し、迅速に学び、適応し続ける組織文化を醸成することが、唯一の生存戦略となります。

  • 提言: 広告予算の一部(例えば10~15%)を、常に新しいフォーマット、新しいターゲティング手法、あるいは新しいプラットフォームへの挑戦を目的とした「実験予算」として明確に確保すべきです。「設定して放置」というアプローチは過去のものです。小さな仮説を立て、迅速にテストを実行し、得られたデータから学び、成功した施策は素早くスケールさせ、失敗した施策からは学びを得て次に活かす。この高速なフィードバックループを制度として組織に組み込むことが、絶え間ない変化の波を乗りこなし、持続的な成果を生み出すための鍵となるでしょう。

2025年9月の出来事は、デジタル広告の歴史における一つの分水嶺です。我々は今、AIとの新しい関係性を築き、変化に適応し続ける組織へと自らを変革していくことを、市場から強く求められているのです。