リテールメディアで活かすデータ×パーソナライズ戦略

ビジネスフレームワーク・マーケティング戦略
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リテールメディアがもたらす新たな視界

リテールメディアとは、小売業が保有するデジタル接点や店舗内の広告枠を活用し、オンラインとオフライン双方で顧客にアプローチする仕組みを指す。自社の広告枠を自前のメディアとして扱うことで、消費者の購買行動に即したタイミングやチャネルで情報を届けられる点が魅力だ。

デジタルマーケティング担当の視点としては、従来の広範囲なディスプレイ広告やSNS広告とは異なる“文脈”を用いた訴求が行いやすい。つまり商品を売り込みたいだけでなく、購買体験に寄り添った情報提供が期待できる。たとえば来店頻度の高い顧客には既存購入品の関連情報をメールやアプリ通知で案内し、新規顧客には店舗内ディスプレイで基本的な商品特長をわかりやすく伝えるなど、段階に応じたアプローチも可能だ。こうした接点の使い分けが、購買意欲を引き出すうえで効果的な施策となる。

データ×パーソナライズでつなぐ購買体験

リテールメディアの真髄は、顧客データを軸にしたパーソナライズによる購買体験の向上にある。データ×パーソナライズとは、購入履歴や閲覧履歴、年代・地域などの属性情報を掛け合わせ、個々のニーズに合った情報を届ける手法だ。

例えばオンラインストアで人気のアイテムを、類似商品をよく買う顧客層へ限定配信するといった形で活用すれば、無駄な広告表示を避けつつ効率的にリーチできる。日常の買い物傾向をふまえて、適切なタイミングとチャネルで新商品やキャンペーンを紹介すれば、顧客が「今ほしい!」と思う瞬間を逃しにくい。こうした体験を積み重ねることで、「このブランドは自分の好みを理解してくれる」という感情を育てることができ、結果的にはファン化(ロイヤリティ向上)を支える戦略へとつながる。

オムニチャネル対応で広がる価値

店舗やECサイトだけでなく、アプリやSNS、店舗デジタルサイネージなど、あらゆるチャネルを連動させるオムニチャネル対応が進んでいる今、データ×パーソナライズを強化するにはチャネル同士の連携が欠かせない。

たとえばECサイトでカートに残ったままの商品情報を店頭スタッフが把握できれば、来店時にその商品を直接紹介して購入を後押しできる。こうした滑らかな購買体験が、消費者にとっての便利さとブランドへの信頼度をより高める要因となる。

デジタルマーケティングを担当する立場としては、オンラインとオフラインの担当部署が別々になりがちな組織でも、データをスムーズに共有できる仕組みを整えることが重要だ。現場スタッフやEC担当のみならず、全社的な視点で顧客データを活用する体制づくりを目指したい。

消費者心理を捉えるデータ解析のポイント

データ解析を活用して消費者心理を深く理解することは、リテールメディアでの効果的な訴求に結びつく。具体的には、まず購買行動やサイト閲覧動線などの定量データを集め、そのうえでSNS上の口コミや問い合わせ内容などの定性データから引き出せるインサイトを掛け合わせるとよい。

たとえば「SNSで話題の商品を頻繁に検索する層は若年女性が多い」という傾向が見えれば、アプリのプッシュ通知でクーポンを配布し来店につなげる戦略が考えられる。顧客が商品を探し始めるタイミングや季節要因、流行など、複合的な要素を一つひとつ深堀りすることが、購買意欲を動かすうえで大事な手がかりとなる。

ここで活用されるDMP(データマネジメントプラットフォーム)やCDP(カスタマーデータプラットフォーム)では、オンライン/オフライン問わず大量のデータを一元管理し、分析・セグメント分けを行うための基盤が提供される。

DMPを活用した柔軟なデータ活用アプローチ

DMP(データマネジメントプラットフォーム)は、社内外のあらゆるデータを統合し、ターゲット選定や配信施策を行うためのサービスだ。DMP上では、たとえば自社ECでの購買履歴に加え、店頭でのポイントカード利用状況や広告クリック履歴などもまとめて扱える。

こうしたデータを軸に、顧客セグメントを細かく設定すれば、リテールメディア上での表示内容を人ごとに変えることができる。たとえば「夕方によく来店する30代のビジネスパーソンには、時短調理ができる惣菜コーナーのタイムセール情報をプッシュ通知で案内する」といった形だ。

デジタルマーケターの立場としては、設定や分析を担当するツール側との綿密なコミュニケーションが欠かせないが、それを実践すれば柔軟なパーソナライズ戦略が可能になる。

パーソナライズ事例で見る購買意欲の向上

店舗の陳列棚をデジタルサイネージ化し、近くを通る顧客の年齢や性別の推定データをもとにおすすめ商品を表示するといった事例は、リテールメディアの活用例のひとつだ。さらにオンラインと組み合わせ、アプリでお気に入り登録していた商品が棚にある場合は、店内に誘導してくれるような通知も考えられる。

こうしたパーソナライズ文化が「自分の好みに合った商品にすぐ出会える」という満足感を醸成し、その結果として売上やリピート率へ良い影響を与える。実際の現場で働くマーケターとしては、この仕組みを根付かせるために、店舗スタッフとの情報共有を円滑にすることも大切だ。

スタッフが顧客一人ひとりの履歴や好みを把握し、気軽に声掛けできるようになれば、オフライン接客とデジタル施策が自然に融合していく。

プライバシーを意識したデータ運用

データ×パーソナライズの恩恵を活かしつつ、忘れてはならないのがプライバシーやセキュリティの配慮だ。近年、個人情報保護に関する法律や規制の周知が進み、顧客に安心してデータを預けてもらうための透明性確保が求められる。

施策を進める際は、取得目的を明確に示し、データの取り扱い範囲をわかりやすく開示することが欠かせない。また、オプトイン(利用者が自発的に同意する仕組み)を徹底することで、「一歩先の情報を提案するために必要なデータを扱っている」という理解を得やすくなる。

デジタルマーケティング担当としては、魅力的な購買体験を生み出す一方で、こうした情報管理の責任を十分に踏まえたうえで施策を展開する必要がある。

今後の展望とデジタルマーケティング担当者の役割

リテールメディアとデータ×パーソナライズが融合する未来では、消費者行動のさまざまな局面で、もはや当たり前に個人最適化された情報が届くようになるだろう。そのなかで購買体験を高める鍵は「顧客との対話をいかに深め、適切なタイミングで適切な情報を届けるか」であり、その実現を促すのがデジタルマーケターの仕事だ。

広告配信や店舗キャンペーンの設計だけでなく、企業内部のデータ連携や分析スキルの向上も視野に入れる必要がある。リテールメディアを最大限に活用するには、現場スタッフやテクノロジーパートナーとのコミュニケーションが極めて重要となる。これからの時代、顧客は新しい刺激と使い勝手の良さを両立して求めている。

購買体験をより豊かにするデータ活用の手法を探り続けることこそが、デジタルマーケティング担当者としての腕の見せどころといえるだろう。