OpenAIのエンタープライズ戦略:Googleへの「コードレッド」直後に示した成長の中身

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OpenAIが、企業向けAIビジネスの成長を強くアピールし始めています。 GoogleのGeminiなど競合の存在感が増すなかで、OpenAIは「ChatGPT Enterprise」やAPI利用のデータを公表し、 企業導入が着実に進んでいることを示しました。 本記事では、公開された指標が意味するものと、エンタープライズAI市場でのOpenAIの立ち位置を整理します。

背景:Googleへの「コードレッド」とエンタープライズ強化

報道によると、OpenAIのサム・アルトマンCEOは、Googleの動きを大きな脅威と見なし、 社内向けに「コードレッド」と呼ばれるメモを出したとされています。 これは、特にGeminiを中心にしたGoogleの急速な追い上げに対し、 OpenAIがプロダクトやビジネスの優先順位を見直すきっかけになったとみられています。

その直後に、OpenAIは企業向けの利用状況に関するデータを公開しました。 タイミング的にも、「競争環境は厳しいが、エンタープライズ分野では存在感を高めている」というメッセージを市場に届けたい意図が透けて見えます。

ChatGPT Enterpriseの利用拡大と競合環境

OpenAIによると、この1年間で企業ユーザーによるChatGPTの利用量は大きく増加しています。 企業向けプランやAPI経由でのメッセージ量が急伸し、特に「日常業務の一部としてAIを組み込む」動きが加速していることが示されました。

一方で、収益構造を見ると、OpenAIの売上の多くは依然としてコンシューマ向けサブスクリプションに依存しているとされています。 競合のAnthropicは、B2Bを中心に収益を上げているとされ、また「オープンウェイト」のモデルを提供するベンダーも増えており、 企業向けAI市場は競争が激しい領域になりつつあります。

Google、Anthropic、オープンウェイトモデルの各プレーヤーと比較すると、 OpenAIは「コンシューマで広く浸透しつつ、そのブランドをテコにエンタープライズも拡大している」ポジションにあります。 ただし、インフラ投資の規模が非常に大きいため、企業向けの成長は経営的にも重要なテーマになっていると言えます。

企業ワークフローへの組み込みと「推論トークン」の急増

OpenAIは、単なる利用アカウント数だけでなく、 「どれだけ深くワークフローに組み込まれているか」を示す指標として、APIや高度な機能の利用状況も公表しています。

特に注目されるのが、いわゆる「推論トークン」の利用量です。 これは、より複雑な問題解決や長い思考プロセスに使われるトークンとされており、 1年前と比べて桁違いの増加が報告されています。 企業側が、単なるチャットボットとしてではなく、本格的な問題解決のためのエンジンとしてAIを扱い始めていることの表れだと考えられます。

一方で、推論トークンの急増はコストと消費電力の増加とも表裏一体です。 企業にとってAI利用のROIやコスト管理は今後ますます重要になり、 「なんとなく試してみる」段階から「きちんと費用対効果を評価しながら運用する」フェーズへ移行する必要があります。

カスタムGPTと社内知の「AI化」

OpenAIのレポートでは、企業が独自の「カスタムGPT」を活用するケースも急増しているとされています。 カスタムGPTは、企業固有のマニュアルやFAQ、ナレッジを学習させ、 特定の業務に特化したアシスタントとして使うための仕組みです。

例えばデジタルバンクのBBVAは、数千種類のカスタムGPTを活用している事例として紹介されています。 部署や業務ごとに専用アシスタントを用意し、従業員が必要な情報にすばやくアクセスできるようにしているイメージです。

企業にとって、これまで属人化しがちだった「社内の暗黙知」や「資料の山」をAIに整理してもらうことは、 生産性向上だけでなく、ナレッジの継承という観点でも意味があります。 ただし、学習させる情報の品質管理や、アクセス権限の設計など、新たなガバナンス課題も出てきます。

従業員の時間短縮とスキル拡張:メリットとリスク

OpenAIが実施した調査では、ChatGPT Enterpriseを活用している従業員の多くが、 毎日かなりの時間を節約できていると回答しています。 レポートによれば、1日あたり数十分から1時間程度の時間短縮を実感しているケースも多いとされています。

また、調査対象の従業員の多くが、 「これまでできなかったタスクにチャレンジできるようになった」と回答している点も印象的です。 特に、非エンジニア職であっても、簡単なコード作成や自動化の下書きをAIに頼りながら取り組むケースが増えているとされています。

一方で、こうした「雰囲気でコードを書く」スタイルは、セキュリティ面のリスクも孕みます。 コーディング経験が浅いメンバーがAIの提案をそのまま採用すると、脆弱性やバグを埋め込んでしまう可能性があります。 これに対し、OpenAIは脆弱性検知に特化したエージェント的なツールの開発・提供も進めており、 AIを使ったセキュリティ対策の方向性も示しています。

高度機能の活用はまだ道半ば:データ分析・検索・推論

興味深いのは、ChatGPT Enterpriseの中でも、 「データ分析」や「高度な推論」「検索連携」といった上位機能の利用率は、 まだそれほど高くないと報告されている点です。

多くのユーザーは、まずはテキストベースのQAや文章作成といった、 比較的分かりやすい用途から使い始めているようです。 一方で、COOのブラッド・ライトキャップ氏らは、 企業が自社データや業務プロセスとAIをより深く統合していくことで、 こうした高度機能の価値が本格的に立ち上がってくると指摘しています。

つまり現時点では、「AIのポテンシャルをフルに活かしている企業」と 「基本的な使い方にとどまっている企業」の開きが少しずつ広がりつつある、という状態だと考えられます。

「フロンティア層」と「ラガード層」:AI活用格差の広がり

OpenAIのレポートでは、従業員のAI活用度合いに応じて、 「フロンティア層」と「ラガード層」という分かれ方が見られるとされています。 前者は、複数のAIツール・機能を積極的に試し、日々の業務に深く組み込んでいる人たちです。

こうしたフロンティア層は、1日あたりの時間短縮効果も大きく、 書類作成・分析・コーディングなど、多様なタスクでAIを使いこなしている傾向があります。 一方、ラガード層は、AIを「新しいソフトウェアの1つ」として捉え、 ライセンスを配布するだけで活用が進まないパターンに陥りがちです。

ライトキャップ氏は、先進的な企業はAIを「会社の新しいOS」のように捉え、 オペレーション全体を再設計し始めているとコメントしています。 それに対して、導入だけして使い方が定着していない企業は、 いずれこの差を埋める必要が出てくるでしょう。

OpenAI側は、こうした「遅れている企業」にもまだ十分なチャンスがあると前向きなトーンを示していますが、 実務現場でAIをトレーニングしている従業員から見れば、 「自分の業務をAIが代替できるようになるまでのカウントダウン」と感じる人もいるかもしれません。

まとめ:エンタープライズAIは「第二ラウンド」に入りつつある

OpenAIが公表したエンタープライズ利用のデータは、 「企業はすでにAIの本格活用フェーズに入りつつある」というメッセージを強く含んでいます。 利用量の増加、カスタムGPTの活用、従業員の時間短縮など、 AIが日常業務に深く入り込んでいる様子が浮かび上がります。

同時に、コスト・エネルギー・セキュリティ・ガバナンスといった新しい課題も見えてきました。 GoogleやAnthropic、オープンウェイトモデルの台頭も含め、 エンタープライズAI市場はこれから「第二ラウンド」に入ると言ってもよいでしょう。

企業側に求められるのは、「とりあえずAIを導入してみる」から一歩進み、 自社の業務プロセスやデータ構造を見直しながら、 AIを前提としたオペレーションに組み替えていく視点です。 その変革のスピードと深さが、数年後の競争力の差として表面化してくるはずです。

OpenAIの今回の発表は、単なる自社アピールというよりも、 「AIをどう企業の中心に据えるのか」という問いを、あらためて突きつけるシグナルとも言えます。 これからの数年は、AIをどれだけ戦略的に位置づけられるかが、企業にとって大きな分かれ道になりそうです。

参考サイト

TechCrunch「OpenAI boasts enterprise win days after internal ‘code red’ on Google threat