なぜ今、OpenAIは「コードレッド」を宣言したのか
米Ars Technicaなどの報道によると、OpenAIのサム・アルトマンCEOが社内メモで「コードレッド(非常事態)」を宣言し、ChatGPTの品質改善を最優先テーマに据えたことが明らかになりました。
きっかけになったのは、Googleの最新モデル「Gemini 3」が一部の業界ベンチマークでChatGPTを上回り、わずか3ヶ月で2億人のユーザーを獲得したとされる急成長です。
ここで象徴的なのは「立場の逆転」です。
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2022年:ChatGPT登場時に「検索の終わり」とまで言われ、Google側が自社サービスへの脅威として「コードレッド」を出した。
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2025年末:今度は、OpenAIがGeminiの猛追を受けて「コードレッド」を宣言する側になった。
3年足らずの間に、「追う側」と「追われる側」が入れ替わったわけです。単なる一社のニュースではなく、生成AI市場の勢力図が変わりつつあるサインとして捉える必要があります。
Geminiの伸び:3ヶ月で2億ユーザーのインパクト
報道や各種分析によると、Geminiは次のような成長カーブを描いています。
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Geminiアプリの月間アクティブユーザー(MAU)は
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2025年7月:4.5億人
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2025年10月:6.5億人
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一方で、ChatGPTは週間アクティブユーザーが8億人規模とされており、依然として巨大なユーザーベースを持つものの、Geminiがその背中をはっきりと捉えつつある状況です。
特に重要なのは、「Geminiアプリ単体の数字」ではなく、「Google検索やAndroidなどのプロダクト群と一体化した利用」が急速に進んでいる点です。
新たな動きとして、Googleは検索結果ページの「AI Overviews」から、そのまま会話型の「AI Mode」にシームレスに移行できる統合機能のテストを開始しています。AI Overviewsはすでに月間20億ユーザーという圧倒的なトラフィックを持つ機能であり、ここにGeminiを重ねていく構図です。
つまり、
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OpenAI:スタンドアロンな「AIアプリ」としての強さ
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Google:既存の巨大プロダクト群にAIを溶かし込むことでユーザーの接点を増やす戦略
という、アプローチの違いが数字として表れはじめた、と言えます。
OpenAIが感じている「3つの圧力」
アルトマンの「コードレッド」宣言の背景には、少なくとも以下の3つのプレッシャーが重なっています。
プロダクト品質とベンチマーク競争
報道によれば、Gemini 3は一部の標準ベンチマークでChatGPTを上回る成績を出しているとされます。
もちろん、ベンチマークは万能ではありませんが、
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企業の技術選定
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研究コミュニティでの評価
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メディア/SNSでの「口コミ」
において、「どのモデルが一番強いか?」という「わかりやすい指標」として機能します。
OpenAIにとって、
「ChatGPT=一番すごいAI」というポジションが揺らぎかねない
というのは、技術面以上にブランド面のリスクとして大きいのです。
ビジネスモデルと巨額のインフラコスト
Newshound AIの要約によると、OpenAIは約500億ドル(約7.5兆円)の評価額を持つ一方で、クラウドプロバイダーやチップメーカーに対して1兆ドル(約150兆円)超の財務的義務を負っているとされます。
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モデルの訓練・推論に必要なGPU・クラウドリソースは年々高騰
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まだ安定的な黒字化には至っておらず、資金調達に依存
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一方で、ユーザーの期待値は上がり続け、無料ユーザーも膨大
という構造は、「伸びれば伸びるほど、先行投資とインフラ負担が増える」というジレンマを生みます。
この状況で競合モデルが性能で追いつき、あるいは一部領域で追い越してくると、
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エンタープライズ顧客が他社モデルへ切り替える
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エコシステムの重心が移動する
といった形で、収益化のストーリー全体が揺らぐリスクを抱えることになります。
競合環境の激化:Googleだけではない
Techmemeのまとめなどを見ると、今回の「コードレッド」はGoogleだけが相手というより、AnthropicやMistralなどを含めた「総力戦」の局面に入ったサインでもあります。
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Anthropic:安全性とエンタープライズ利用に強み
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Mistral:オープンウェイトモデルで企業の「自前運用ニーズ」に対応
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AWSや各種スタートアップ:エージェントや専用モデルでニッチ領域を攻める
OpenAIは「汎用フロンティアモデル×SaaS×プラットフォーム」の中核ポジションにいますが、周囲からあらゆる角度で競合が迫っている状況です。
広告・エージェント構想を「一時停止」した意味
「コードレッド」の中で象徴的なのが、ChatGPT内の広告やショッピング機能などのイニシアチブを一時停止する決定です。
Search Engine Landによると、OpenAIはChatGPT内でテストしていた広告フォーマット(検索連動広告やショッピング広告のような形態)を含む広告プランをいったん停止し、品質・速度・安定性といったコア体験の改善に経営資源を振り向ける方針を取ったと報じられています。
さらに複数の報道を総合すると、
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広告ビジネス
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AIショッピングアシスタント
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ヘルスケア領域のエージェント
といった新規事業ラインの一部もタイムラインを後ろ倒しにし、まずはChatGPTという「本丸」の競争力を立て直すことを優先しているとみられます。
これは、プロダクト戦略として非常に示唆的です。
「マネタイズの前に、ユーザー体験で再びトップを取りに行く」
という意思表示であり、逆に言えば「今のままマネタイズを進めると、中長期でブランドを毀損しかねない」という危機感の現れとも受け取れます。
次の一手:新モデル「Garlic」と“模擬推論”へのシフト
報道ベースでは、OpenAIは次の一手としてコードネーム「Garlic」と呼ばれる新しいモデルの開発を進めているとされています。
Newshound AIの要約では、この新モデルは「Gemini 3を上回る可能性のある模擬推論モデル」と紹介されています。
ここでいう「模擬推論(simulated reasoning)」は、単なるパラメータ数の増加ではなく、
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ステップごとの思考過程をより構造化して扱う
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コード実行やツール呼び出しを組み合わせ、人間の問題解決プロセスを模倣する
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長いコンテキストや複雑なタスクに対して、一貫した結論を出せるようにする
といった方向性が想定されます(具体的な実装は未公表ですが、研究トレンドからの推測)。
もし「Garlic」が
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Gemini 3や他社のフロンティアモデルをベンチマークで上回り
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かつ、実務利用でも「速くて安いのに賢い」体験を提供できるなら
OpenAIは再び「技術的トップランナー」の座を取り戻せる可能性があります。
ただし、そのためには
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既存ユーザー向けの移行体験
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APIエコシステムとの互換性
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推論コストと価格戦略
など、技術以外の設計も同じレベルで重要になります。
Googleの強み:AIが「検索と日常」に溶け込む構造
一方、Google側はAIを単体アプリとしてではなく、既存の巨大サービス群に「溶け込ませる」戦略を推し進めています。
AI Overviews × AI Mode の統合
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検索結果ページのAI Overviewsからそのまま会話モードに入れる
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ユーザーは「検索するか、チャットするか」を意識せず、一連の体験として質問を深掘りできる
この設計は、
「ユーザーに別サービスへの“移動”を意識させない」
という意味で非常に強力です。
Geminiアプリ単体のMAUが6.5億人規模であるのに対し、AI Overviewsは20億人という桁違いのトラフィックを持っています。ここにGeminiを統合していくことで、「気づいたらGeminiを使っていた」状態が世界中で生まれていく可能性があります。
「ユーザーについてすでに知っている」ことが最大の武器
Google幹部のコメントとして、「GoogleのAI最大の強みは、ユーザーについて既に知っていること」という発言も紹介されています。
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Gmail
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Googleカレンダー
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Googleマップ
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Chromeの閲覧履歴
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Androidの位置情報
など、日常生活のあらゆるログがGoogleのエコシステム内に蓄積されています。
これらをAIで統合することで、
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「数日前に調べていた商品の在庫が復活したら通知」
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「よく行く店舗のセール情報を自動でレコメンド」
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「行動パターンを踏まえた、より文脈的な回答」
といった“超・パーソナライズドAI”を実現しやすいのがGoogleです。
ただしこれは同時に、
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監視されている感覚
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データプライバシーへの懸念
とも背中合わせであり、「どこまでやるか」の線引きが今後の大きな論点になります。
マーケター・ビジネス担当者はこのニュースをどう捉えるべきか
あなたがマーケティング担当者や事業責任者であれば、今回の「コードレッド」報道を単なるテックニュースとして眺めるのはもったいないです。
少なくとも、次の3点は自社の戦略に直結する示唆があります。
「どのAIを使うか」から「どのエコシステムに乗るか」へ
これまでは、
「ChatGPTがいいか、Geminiがいいか」
というモデル単体の比較に目が行きがちでした。
しかし今後は、
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どのAIが自社の
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ワークフロー
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データ基盤
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既存のSaaSスタック
と最も自然に統合できるか
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どのエコシステムが、
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セキュリティ要件
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コンプライアンス
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チームのスキルセット
にフィットするか
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という、「エコシステム選定」の視点がより重要になります。
ベンダーロックインと「マルチモデル戦略」
Geminiが急伸したからといって「全部乗り換えよう」とするのも危険です。
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クリエイティブ生成はA社モデル
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長文要約や対話はB社モデル
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サーチ連動や広告クリエイティブはC社モデル
といった具合に、ユースケースごとの「ベストモデル」を組み合わせる設計が、リスク分散の観点でも有効です。
今回の「コードレッド」は、どのプレイヤーも永遠の王者ではないことを改めて示しました。1社依存の体制は、5年スパンで見るとリスクが大きいと考えるべきでしょう。
「品質への投資」が再び差別化要因になる
OpenAIが広告よりも品質を優先したことは、マーケティングの世界にもそのまま当てはまります。
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「とりあえずマネタイズ」よりも
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「まずプロダクト体験を磨き込む」
という判断ができるかどうかは、長期的なブランド価値を左右するからです。
今回のケースは、
「短期的な広告収益を捨ててでも、コア体験の改善に振り切る」
という、かなり大胆な意思決定です。
プロダクト開発やサービス設計をしている企業にとっても、「今はどこに経営資源を集中すべきか?」を見直すきっかけになるはずです。
今後6〜12ヶ月のシナリオをざっくり予測する
今後1年弱のあいだに、次のような展開が想定されます(あくまで現時点の情報からの推測です)。
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OpenAIの新モデル「Garlic」公開と再評価の波
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ベンチマーク・ユーザー体験の両面でGeminiと改めて比較される
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エンタープライズ向けプランやAPI価格の再設計が行われる可能性
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Googleの「検索×Gemini」統合がさらに加速
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デスクトップ検索にもAI Mode統合が広がる
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ショッピング、旅行、ローカル検索など収益性の高い領域でAI体験が強化される
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他プレイヤーによる「ニッチ特化型AI」の台頭
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特定業界や業務プロセスに最適化されたエージェント・モデルが増加
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大規模モデル+専門特化モデルのハイブリッド利用が進む
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規制・ガイドラインの具体化
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プライバシー・データ主権・AI安全性に関する規制が進み、
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「どのAIを使うか?」以上に「どうガバナンスするか?」がテーマになる
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この中で共通するのは、
「1社・1モデルだけ見ていても、全体像を掴めなくなる」ということ
です。
まとめ:これは「AIバブル」ではなく「AIインフラ戦争」の第二幕
今回のOpenAI「コードレッド」報道は、
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ChatGPT vs Gemini の単純な「勝ち負け」ではなく
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AIがインフラ化する中で、どの企業がどのレイヤーを抑えるか
という、より構造的な争いの一端です。
最後にポイントを整理すると:
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Geminiは3ヶ月で2億ユーザー、アプリMAUは6.5億人と急伸し、検索やAndroidとの統合を武器にChatGPTを猛追している。
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OpenAIは「コードレッド」を宣言し、広告や一部エージェント構想を後ろ倒しにしてChatGPTの品質改善を最優先している。
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背景には、巨額のインフラコストと激化する競合環境があり、新モデル「Garlic」に代表される技術的巻き返しが次の勝負所になる。
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GoogleはAI OverviewsやGmailなど、既存の巨大プロダクト群とGeminiを統合することで、「生活インフラとしてのAI」ポジションを狙っている。
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マーケター・事業者にとっては、
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エコシステム単位での選定
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マルチモデル戦略
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品質への投資とガバナンス設計
がこれまで以上に重要になる。
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AIプラットフォーム戦争は、まだ「第二幕」に入ったばかりです。
今回の「コードレッド」を単なるニュースで終わらせず、自社のAI戦略・データ戦略をアップデートするトリガーとして活かすことが、これからの1〜2年で大きな差になっていくはずです。
参考サイト
arsTECHNICA「OpenAI CEO declares “code red” as Gemini gains 200 million users in 3 months」

「IMデジタルマーケティングニュース」編集者として、最新のトレンドやテクニックを分かりやすく解説しています。業界の変化に対応し、読者の成功をサポートする記事をお届けしています。

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