顧客視点で解く!データ活用の壁と実践的解決策

ビジネスフレームワーク・マーケティング戦略
著者について

データ活用を阻む「利用者視点の欠如」「サイロ化」「人材不足」など共通の壁を、顧客中心のアプローチで乗り越える具体的方法を解説。現場で即実践できる解決策と成功事例を紹介します。

データ活用の壁:利用者視点の欠如が引き起こす現実

「膨大なコストと時間を投じてデータ活用基盤を構築したのに、期待通りの成果が出ない」—このような悩みを抱えるマーケティング担当者は少なくありません。国際経営開発研究所(IMD)の「デジタル競争力ランキング2023」において、日本は「ビッグデータとアナリティクスの活用」の指標で64カ国中最下位と評価されています。この現状は、多くの企業がデータ活用において根本的な課題を抱えていることを示唆しています。

その最大の原因は「利用者視点の欠如」です。データ活用基盤を構築するIT部門側では、「今後さまざまに生じるであろう」という仮定のもと、どのような要求にも応えられるように汎用性を追求しがちです。「とりあえず必要と思われる各種データを集めよう」「多種多様なデータを変換する機能を持つツールを導入しよう」「誰でも使えるようにあらゆるデータのデータカタログを整備しよう」といった、いわば「提供者視点」での判断に傾倒する傾向があります。

その結果、壮大なデータ活用基盤が構築されるものの、利用シーンやビジネス要件が追いつかず、業務で実際に必要とするデータがそろわないなど、利用者不在のシステムができあがってしまいます。このような事態を防ぐには、技術やシステムの構築よりも先に、利用者が真に何を必要としているか、データを活用してどのような問題を解決しようとしているかを深く理解する「利用者視点」でのアプローチが必要となります。

提供者視点vs顧客視点:データ活用における視点転換の重要性

データ活用において「提供者視点」と「顧客視点」は全く異なる発想をもたらします。提供者視点では、企業がどのようなデータを持っているかを起点に考えるため、「保有データをどう活用するか」という発想になりがちです。一方、顧客視点では「顧客が求めている価値は何か」「顧客の課題をどう解決するか」を起点に考えるため、必要なデータは何かという発想になります。

ある保険見積サイトの事例では、提供側は「多くの保険会社の見積が必要」と考えて多数の提携会社をアピールしていましたが、実際の顧客調査では「見積りが沢山来ても鬱陶しい」「主要な2~3社の見積りが欲しい」というニーズが明らかになりました。「数社を厳選して紹介」という顧客視点に基づく訴求に変更したところ、成果が向上した例があります。

顧客視点を持つためには、まず自分たちのサービスを実際に利用する顧客の立場に立つことが重要です。「もし自分が顧客側なら?」と常に問いかけ、ネットニュースのコメント欄やSNSの生の声を読み、インタビューやアンケートを実施するなど、多角的なアプローチが有効です。

カスタマージャーニーマップを使った課題の整理も効果的です。顧客の行動プロセスを可視化することで、「どのフェーズでどんなデータが必要か」「数値が落ち込んでいるポイントはどこか」「現場担当者が課題と感じている箇所はどこか」といった視点で議論することができます。顧客視点に立ったデータ活用を実現するためには、このようなカスタマージャーニーを理解することが出発点となります。

データサイロの実態:部門を越えた統合の障壁とは

データサイロとは、企業内の特定のグループによって保有されるデータのうち、他のグループからはアクセスできない、あるいはアクセスしづらい状態を指します。例えば、ECサイトの購買データ、実店舗のPOSデータ、カスタマーセンターの問い合わせ履歴などが、それぞれ異なるシステムや部門で管理されていて連携できていない状況です。

このサイロ化が起きる主な原因として、以下のような点が挙げられます:

  • 特定の人だけが特定のデータにアクセスできる権限構造

  • 他部署にデータを共有したくない組織文化

  • 基幹システムのデータ形式の違いによる技術的制約

  • データ活用の全社的な戦略の欠如

  • さまざまな形式で保存されているデータの標準化の難しさ

顧客視点では、例えば1人の顧客が実店舗とECサイト、両方で購入する場合があります。しかし、データがサイロ化していると、同一顧客の行動を一元的に把握できず、適切なアプローチができません。ある小売企業では「実店舗会員」と「ECサイト会員」が別々に管理されていたため、オムニチャネル施策がうまく機能しなかった例があります。

サイロ化を解消するための第一歩は、部門間のコミュニケーション改善です。Slackのようなメッセージングツールの活用や、定期的なデータ共有ミーティングの開催など、組織文化から変えていく取り組みが必要になります。技術面では、部門横断のデータ連携の仕組みを構築し、データの標準化やクレンジング(不正確なデータの修正・除去)プロセスを確立することが重要です。

顧客データ統合の具体的アプローチ

顧客データの統合を実現するためには、段階的なアプローチが効果的です。まず現状分析から始め、どのようなデータを持っているか、どこに問題があるかを明らかにします。

ステップ1:現状把握と目標設定

  • 既存の顧客データの棚卸し(どこにどんなデータがあるか)

  • 顧客データ統合の目的と期待される効果の明確化

  • 優先度の高い課題の特定

ステップ2:データ連携の設計

  • 顧客を一意に識別する「キー情報」の決定(メールアドレス、会員IDなど)

  • データマッピング(異なるシステム間でのデータ項目の対応付け)

  • データ変換ルールの定義

ステップ3:データクレンジングと標準化

  • 重複データの統合

  • 不完全・不正確なデータの修正

  • 表記ゆれの統一(「株式会社」と「(株)」など)

ステップ4:統合データベースの構築

  • データウェアハウスやデータレイク環境の準備

  • ETL(Extract, Transform, Load)ツールによるデータ連携

  • リアルタイム連携の必要性検討

ある自動車メーカーの事例では、顧客データ統合プロジェクトを段階的に実施しました。まず営業部門と顧客サポート部門のデータ統合から始め、徐々にマーケティング部門、アフターサービス部門へと拡大していきました。最初の統合では意図的に対象を限定し、「新車購入から3年以内の顧客」のみをターゲットにすることで、プロジェクトのスコープを管理可能な範囲に抑えました。小さな成功体験を積み重ねることで、全社的な理解と協力を得ながら、段階的に統合範囲を広げていった事例です。

顧客データ統合の取り組みでは「完璧を目指しすぎない」ことも重要です。データの100%完全な統合を目指すと、プロジェクトが膨大になり、実現が困難になります。まずは「使える状態」を目指し、継続的に改善していく姿勢が効果的です。

データ活用人材の育成と組織文化の変革

データ活用を進める上で「人材不足」は多くの企業が直面する課題です。総務省の調査では「データを取り扱う(処理・分析等)人材の不足」が、データ活用の浸透を阻害する主要因として挙げられています。

では、どのような人材が必要なのでしょうか。データ活用には大きく分けて3つの役割が必要です:

  1. データエンジニア:データの収集・統合・管理を担当

  2. データアナリスト:データの分析・可視化を行い、インサイトを導出

  3. ビジネストランスレーター:分析結果をビジネス課題と結びつけ、施策を立案

特に不足しがちなのが3つ目の「ビジネストランスレーター」です。データから得られた洞察を実際のビジネス施策に落とし込み、顧客価値に変換できる人材は貴重です。

人材育成のアプローチとしては、以下のような方法が有効です:

  • 外部研修の活用:データ分析の基礎からビジネス活用までを学べる研修プログラムを導入

  • OJT(実務を通じた学習):実際のプロジェクトに参加させながら経験を積ませる

  • 小規模な検証から始める:限られたデータと目的で小さな成功体験を得る

  • 専門家とのペアリング:分析専門家とビジネス部門のスタッフをペアにして相互学習

ある化粧品メーカーでは、マーケティング部門の若手社員とIT部門のデータ分析担当者をペアにして「データ活用プロジェクト」を立ち上げました。マーケティング担当者はデータの扱い方を学び、IT担当者はビジネス課題への理解を深めることで、双方のスキルアップを図りました。この取り組みは、後に全社的なデータ活用推進チームへと発展していきました。

人材育成と同時に重要なのが、「データ活用の組織文化」の醸成です。トップダウンでデータ活用の方針を示すだけでなく、現場レベルでデータに基づく意思決定の価値を実感できる仕組みづくりが必要です。データを「見える化」して共有し、小さな成功事例をこまめに発信することで、組織全体のデータリテラシーと活用意欲を高めていくことができます。

成功事例に学ぶ:顧客起点のデータ基盤構築

顧客起点のデータ活用に成功している企業の事例から、実践的なヒントを得ることができます。

あるオフィス機器メーカーでは、営業部門と技術部門が連携し、顧客起点のデータ活用基盤「顧客情報ダッシュボード」を構築しました。従来は製品のシリアル番号を起点に分析する設計だったため、顧客単位での提案活動に時間と手間がかかっていました。そこで「顧客起点」「営業が使える」「内製化」の3点を重視した新たな基盤を構築。顧客を起点にデータを抽出・分析・加工でき、データを幅広く活用して営業自身が意思決定できる環境を実現しました。

このプロジェクトの成功要因は、以下の点にあります:

  1. エンドユーザー(営業担当者)の意見を最優先:使いやすさと必要な情報に焦点を絞り、不要な複雑さを排除

  2. 段階的な展開:パイロット部門で効果を検証してから全社展開

  3. 内製化による柔軟性確保:現場の要望に迅速に対応できる体制

  4. データの一元管理:クラウド環境でデータを集約し、部門間の壁を解消

また、ある小売企業では、オンラインとオフラインの顧客データを統合するプロジェクトを実施しました。ECサイトのログデータ、店舗のPOSデータ、会員情報を統合し、顧客ごとに購買履歴を一元管理。これにより、例えばオンラインで閲覧したものを店舗で購入した際に、一連の顧客体験として把握できるようになりました。また、顧客の購買パターンを分析し、チャネルをまたいだレコメンデーションを実現。顧客満足度の向上とともに、購入単価の向上も実現しています。

これらの事例に共通するのは、「技術ありき」ではなく「顧客理解ありき」のアプローチです。技術的な可能性から出発するのではなく、顧客にとっての価値から逆算して必要なデータと活用方法を設計しています。

小さく始めて大きく育てる:段階的なデータ活用の進め方

データ活用プロジェクトを成功させるコツは「小さく始めて大きく育てる」ことです。あまりに壮大な計画を立てると、期間の長期化やコストの膨張、途中での方針変更などリスクが高まります。

効果的なアプローチとして、以下のようなステップが考えられます:

  1. 明確な目的の設定

    • 「顧客離反率を下げる」「クロスセル率を向上させる」など具体的な目標を設定

    • KPIを定め、効果測定の方法を事前に決定

  2. 対象を絞った小規模実証

    • 特定の顧客セグメントや事業部門に限定

    • 期間を3ヶ月程度に設定し、素早くフィードバックを得る

  3. 成功事例の共有と横展開

    • 得られた成果を可視化し、社内に広く共有

    • 関係者への感謝を忘れず、次のプロジェクトへの協力を得やすくする

  4. 段階的な拡大と改善

    • 対象顧客や取り扱うデータを徐々に拡大

    • 利用者からのフィードバックを反映し、継続的に改善

ある金融機関では、「データドリブンマーケティング」の導入において段階的アプローチを採用しました。まず住宅ローン契約者のみをターゲットに、過去の行動データを分析してクロスセル施策(資産運用商品の提案)を実施。その成功を受けて、対象を他の金融商品利用者へと徐々に拡大していきました。

小規模でスタートすることで、データクレンジングのハードルも下がり、試行錯誤がしやすくなります。また、早期に成果が出ることで関係者のモチベーションも維持できます。「理想的なデータ基盤」を一気に構築するよりも、「使えるデータ」から価値を生み出す取り組みを積み重ねることが、持続可能なデータ活用につながります。

未来を見据えたデータ活用戦略:顧客体験向上への道筋

最終的に目指すべきは、データ活用によって顧客体験(CX:Customer Experience)を向上させることです。そのために必要なのが「データドリブンCX(DCX)」の視点です。DCXとは、DX(デジタルトランスフォーメーション)の中心に顧客(Customer)を位置づけ、データに基づいて顧客体験を最適化するアプローチを指します。

この実現に向けたロードマップとして、以下の3段階が考えられます:

フェーズ1:データの可視化と共有

  • 顧客データの統合基盤の構築

  • 部門間でのデータ共有の仕組み確立

  • 基本的な顧客インサイトの抽出

フェーズ2:予測と自動化

  • AIを活用した顧客行動の予測モデル構築

  • 顧客セグメント別の最適なコミュニケーション設計

  • マーケティング施策の自動最適化

フェーズ3:パーソナライゼーションとプロアクティブな対応

  • 顧客一人ひとりに合わせたリアルタイム対応

  • 潜在ニーズの先読みと先回りした提案

  • 顧客のライフタイムバリューを考慮した長期的な関係構築

あるITサービス企業の事例では、AI/機械学習データを活用した顧客分析と科学的アプローチによる顧客インサイトの可視化に取り組んでいます。潜在的な商品/サービスの満足度・課題・要望などを可視化し、それをもとに価値向上サービスをプロアクティブに提案するアカウントマネジメントを展開。顧客満足度や顧客離反率などを経営指標に組み込み、「カスタマーファーストのビジネスカルチャー」を醸成しています。

また、ある日用品メーカーでは、顧客データを活用して「次に買いたい商品」を予測するモデルを構築。実店舗での購買データとECサイトでの閲覧行動を組み合わせ、顧客がまだ気づいていないニーズを掘り起こすレコメンデーションを実現しています。

未来のデータ活用は、単なる効率化や省力化ではなく、顧客に新たな価値を提供するためのものになります。データは手段であり、目的は「顧客理解の深化」と「顧客体験の向上」です。顧客視点を常に中心に据えたデータ活用戦略を構築することが、真の競争優位性につながるでしょう。

データ活用の壁を顧客視点で乗り越えるには、「技術ありき」ではなく「顧客理解ありき」の発想が不可欠です。利用者が真に必要としているものは何か、どのような価値を提供できるのかを常に問いかけながら、段階的にデータ活用の基盤を築いていきましょう。膨大なデータの中から意味を見出し、顧客一人ひとりにとって価値ある体験を創出することが、これからのデジタルマーケティングの使命です。