N1分析とは、たった1人の顧客を深く理解することで市場全体の本質を捉え、効果的な施策アイデアを生み出す手法です。本記事では、N1分析の基本から具体的な実施方法、成功事例まで、実践的なノウハウを詳しく解説します。
N1分析とは何か:顧客起点マーケティングの真髄
N1分析は、西口一希氏によって提唱された顧客起点のマーケティング手法です。従来のマーケティングでは、大量のデータを統計的に分析して平均的な顧客像を把握する手法が一般的でした。しかし、そうした方法では個々の顧客が持つ深い洞察やニーズを見逃してしまうことがあります。N1分析では、特定の「一人」の顧客に焦点を当て、その人の行動や心理を徹底的に理解することで、他の多くの顧客にも共通する本質的なインサイトを見出します。
「たった一人の意見を重視して大丈夫なのか」という疑問を持つ方も多いでしょう。しかし、N1分析は単に一人だけの意見を聞いて終わりではありません。一人の顧客が抱える課題や欲求は、多くの場合、同じセグメントに属する他の顧客も共有しているものです。実在する一人が強く思うことには、同じように感じている潜在顧客が必ず存在します。西口氏は「ひとりの心を動かすものは、同じセグメントに属する他の顧客にも十分通用する」という原則を示しています。
私たちのチームでも、クライアント企業のマーケティング課題を解決するためにN1分析を活用し、ターゲット顧客の深い理解に基づいた効果的な施策提案を行っています。このアプローチを取り入れることで、データの数値だけでは見えてこない顧客の本音や行動の背景を把握し、より効果的なマーケティング戦略を立案することが可能になります。
N1分析の基本ステップ:5セグと9セグで顧客を理解する
N1分析を始めるにあたって、まず顧客を適切に分類するフレームワークを理解する必要があります。代表的なものに「5セグマップ」と「9セグマップ」があります。
まず「5セグマップ」は、顧客を「認知」「購買経験」「購買頻度」に基づいて分類します。具体的には以下の5つのセグメントに分けます:
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ロイヤル顧客:自社の商品を知っており、高い購買意欲を持っている顧客
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一般顧客:自社の商品を認知しているが、購買意欲はあまり高くない顧客
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離反顧客:自社の商品を買った経験があるが、現在は購買意欲がない顧客
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認知・未購買顧客:自社の商品を知っているが、購入に至った経験がない顧客
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未認知顧客:自社の商品を知らない顧客
次に「9セグマップ」は、5セグマップに「次回購買意向(ブランド選好)」を加えることで、顧客をより詳細に分類します。これにより、どのセグメントがロイヤル顧客になる可能性が高いか、またどのような施策が効果的かを検討することができます。
9セグマップの最大の利点は、「誰に何を尋ねれば良いアイデアを見つけられるか」を検討できる点です。特に右上に位置する「積極ロイヤル」と呼ばれる顧客は、自社の商品を頻繁に購入し、今後も購入する意向が高いセグメントです。このセグメントの顧客を深く理解することで、他のセグメントの顧客をロイヤル顧客へと移行させるための施策のヒントが得られます。
顧客をこれらのセグメントに分類した後、特定のセグメントから代表的な「一人」を選び、その人の購買行動や心理状況を徹底的に理解することがN1分析の本質です。特に「なぜそのような行動を取ったのか」「どのような思いで商品を選んだのか」といった背景を深く掘り下げることが重要になります。
効果的なN1インタビューの実施方法
N1分析の中核となるのがN1インタビューです。これは単なる顧客満足度調査とは異なり、特定の一人の顧客と深く対話し、その人の行動や心理を詳細に理解するためのインタビューです。効果的なN1インタビューを実施するためのポイントを見ていきましょう。
まず、インタビュー対象者の選定が重要です。9セグマップを活用し、特に理解を深めたいセグメントから代表的な顧客を選びます。ロイヤル顧客を増やしたい場合は既存のロイヤル顧客を、新規顧客獲得を目指す場合は未認知顧客や認知・未購買顧客を対象にするとよいでしょう。
インタビューでは、オープンエンドの質問を多用し、顧客の話を引き出すことを心がけます。「はい」「いいえ」で答えられる質問ではなく、「なぜそう思ったのですか?」「そのときどう感じましたか?」といった質問を通じて、顧客の内面に迫っていきます。
具体的なインタビュー項目としては、以下のような内容が効果的です:
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商品やサービスを知ったきっかけ
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初めて購入した理由や状況
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使用シーンや頻度、習慣
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満足している点や不満に思っている点
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他の人に勧めるとしたら、どのように勧めるか
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改善してほしい点や追加してほしい機能
インタビュー中は、顧客の言葉や表情に注目し、感情やニーズを探ります。また、顧客の答えに対して「なぜそう思ったのか」「どういう経緯でそうなったのか」といったフォロー質問をすることで、より深い理解を得ることができます。
N1インタビューでは、質問者の先入観や誘導を避け、顧客の本音を引き出すことが重要です。また、インタビューは一度きりではなく、複数の顧客に対して行うことで、共通するパターンやインサイトを見出すことができます。私たちの経験では、特定のセグメントから約20人程度にインタビューを行うことで、仮説の確度が相当高まります。
N1分析から施策アイデアを創出する方法
N1インタビューで得られた情報をどのように施策アイデアに結びつけるか、その方法を解説します。これがN1分析の最も重要なステップであり、データを価値ある施策に変換するプロセスです。
まず、インタビューで得られた情報を整理し、パターンや共通点を見出します。異なる顧客から同様の意見や感想が聞かれた場合、それは多くの顧客に共通する重要なインサイトである可能性が高いです。例えば、「購入前にもっと詳しい情報が欲しかった」という意見が複数聞かれた場合、情報提供の方法に改善の余地があると考えられます。
次に、顧客のカスタマージャーニーを作成します。カスタマージャーニーとは、顧客が自社の商品やサービスを知ってから購入し、使用するまでの一連のプロセスを可視化したものです。N1インタビューで得られた情報を基に、顧客がどのような経路で自社と接点を持ち、どのような体験をしているかを時系列で整理します。
カスタマージャーニー上の各ステップで、顧客がどのような課題や感情を持っているかを分析し、改善点や機会を見出します。例えば、「情報収集」のステップで顧客が十分な情報を得られていないことが分かれば、より詳細な製品情報の提供やFAQの充実といった施策が考えられます。
また、N1インタビューから得られたインサイトを基に、新たなコンセプトやメッセージングのアイデアを創出することも可能です。あるD2Cブランドの事例では、N1分析によってポジショニングの課題が明らかになり、コンセプトの見直しにより既存商品と比較して優れた成果を挙げることができました。
施策アイデアを考える際は、「このアイデアはインタビューした顧客の心を動かすか」を常に問いかけることが重要です。顧客の言葉や表情、感情を思い出しながら、その人の課題や欲求に真に応えるアイデアを考えましょう。こうして生まれたアイデアは、単なる思いつきではなく、実際の顧客インサイトに基づいたものであるため、成功確率が高くなります。
N1分析の活用シーン:売上向上のための様々な応用法
N1分析は様々なビジネスシーンで活用できる汎用性の高い手法です。ここでは、特に売上向上につながる具体的な活用方法を見ていきましょう。
まず、新規顧客獲得のための施策立案に活用できます。未認知顧客や認知・未購買顧客へのN1インタビューを通じて、なぜ自社の商品を知らないのか、知っていても購入に至らないのかを理解することで、効果的なアプローチ方法が見えてきます。例えば、スマートニュースの事例では、「未認知顧客」が多いことが判明し、オンライン広告だけでなくテレビCMを活用することで認知度を高め、ユーザー数の増加につなげました。
次に、既存顧客のロイヤル化や離反防止にも効果を発揮します。一般顧客や離反顧客へのインタビューから、満足度を下げている要因や離反の理由を特定し、改善策を講じることができます。また、ロイヤル顧客へのインタビューからは、なぜ自社を継続的に選んでいるのかというポジティブな要因を明らかにし、それを他の顧客にも広げる施策を考えることができます。
商品・サービス開発にもN1分析は有効です。顧客の潜在的なニーズや課題を深く理解することで、より価値のある新商品や機能の開発につなげられます。例えば、ユニクロは特定の顧客層に対する個別インタビューから「寒い季節でも薄着で快適に過ごしたい」というニーズを見出し、「ヒートテック」というヒット商品を開発しました。
マーケティングコミュニケーションの改善にも役立ちます。顧客がどのような言葉や表現に反応するか、どのようなメッセージが心に響くかを理解することで、より効果的な広告やプロモーション施策を立案できます。ある食品メーカーの事例では、既存顧客だけでなく同一カテゴリーや併売カテゴリーの商品購入者にも効果的にアプローチする広告戦略が、N1分析から導き出されました。
BtoB企業でもN1分析は有効です。建設技術者派遣を担う企業の事例では、N1分析を通じて現場の声を戦略に生かすことで、社員の定着率向上と売上の増加を実現しました。このように、業種や規模を問わず、顧客理解を深めたいあらゆる場面でN1分析は力を発揮します。
N1分析の成功事例:理論から実践へ
N1分析を活用して成功を収めた企業の事例を紹介します。これらの事例から、N1分析の実践的な価値と効果を具体的に理解できるでしょう。
まず注目すべき事例は、売上2桁億のD2Cブランドです。このブランドは立ち上げから順調に成長していましたが、数年後に売上が伸び悩んでいました。N1分析を通じて詳細な調査を行った結果、ポジショニングに課題があることが判明しました。市場を特定の便益で区切ると、競合AとBがそれぞれのポジションの端にいる一方、このブランドは中間地点に位置していたのです。つまり、明確な市場ポジションを確立できていなかったことが課題でした。この分析結果を基に、より競合Aに近いポジションへとコンセプトを再構築したところ、既存品と比較して優れた成果を上げることができました。
次に、スマートニュースの事例も興味深いものです。2016年頃に成長が鈍化したスマートニュースは、N1分析を活用して顧客層を整理したところ、「未認知顧客」が多いことが判明しました。オンライン広告だけでは効果が限られると考え、テレビCMを展開することで認知度を高めました。また、「日常的に使いたくなるサービス」というコンセプトに基づいて英語チャンネルなどの機能を追加し、ユーザー数の増加につなげました。
ユニクロの事例も示唆に富んでいます。ユニクロはN1分析の考え方を活かし、特定の顧客に対する個別インタビューから深いインサイトを抽出してヒット商品を生み出しています。例えば、「寒い季節でも薄着で快適に過ごしたい」という顧客の声から「ヒートテック」というコンセプトを開発し、「ジーンズが硬くて履きづらい」という声からストレッチ性の高いデニムを開発しました。このように、一人の顧客の声に耳を傾け、そこから普遍的なニーズを見出すことで、市場で成功する商品を生み出しています。
これらの成功事例に共通するのは、「一人の顧客」を深く理解することから始め、そこから得られたインサイトを基に具体的な施策や商品開発につなげている点です。N1分析は単なる顧客調査ではなく、顧客の内面に迫り、本質的なニーズや課題を見出すためのアプローチなのです。
N1分析を実施する際の課題と対策
N1分析を効果的に実施するには、いくつかの課題に対処する必要があります。ここでは、実務で直面しやすい課題とその対策について解説します。
まず、「たった一人の意見に頼って大丈夫なのか」という懸念があります。これは、N1分析に対する最も一般的な誤解です。しかし、前述の通り、N1分析は一人”だけ”に聞くわけではなく、一人ひとりとの1対1の対話を複数回行うことで、施策の仮説を検証していくアプローチです。特定のセグメントから約20人程度にインタビューを行うことで、仮説の確度が相当高まります。また、必要に応じてアンケート調査などの定量調査を組み合わせることで、さらに精度を高めることも可能です。
次に、インタビュー対象者の選定の難しさがあります。「誰に聞くべきか」という問いは、N1分析の成否を左右する重要な要素です。この課題に対しては、5セグマップや9セグマップを活用して顧客を分類し、目的に応じた適切なセグメントから対象者を選ぶことが有効です。例えば、ロイヤル顧客を増やしたい場合は既存のロイヤル顧客を、新規顧客獲得を目指す場合は未認知顧客や認知・未購買顧客を対象にします。
また、インタビューの質を確保することも課題です。質問者の先入観や誘導により、真のインサイトを見逃してしまう可能性があります。この課題に対しては、オープンエンドの質問を多用し、顧客の言葉や表情に注目して感情やニーズを探る姿勢が重要です。また、「なぜそう思ったのか」「どういう経緯でそうなったのか」といったフォロー質問を積極的に行い、表面的な回答に留まらないよう心がけましょう。
最後に、N1分析の結果を組織内で共有し、実際の施策に結びつける難しさもあります。数値データと比べて定性的なインサイトは説得力に欠けると感じる人もいるでしょう。この課題に対しては、インタビューの録音や録画を活用して生の声を共有したり、顧客のジャーニーマップを視覚化したりすることが効果的です。また、N1分析から得られた仮説を定量調査で検証することで、より説得力のある提案が可能になります。
これらの課題に適切に対処することで、N1分析の価値を最大限に引き出し、効果的な施策立案につなげることができます。
N1分析を始めるための実践的ステップ
N1分析は決して難しい手法ではありません。適切なステップを踏むことで、すぐに実践に移すことができます。ここでは、N1分析を始めるための具体的なステップを紹介します。
まず、目標設定から始めましょう。「新規顧客の獲得」「既存顧客の育成」「離脱防止」など、マーケティング課題を明確にします。目標が定まれば、どのセグメントの顧客にアプローチすべきかも自ずと見えてきます。
次に、5セグマップや9セグマップを作成し、顧客を分類します。これにより、どのセグメントが重要か、どのような移行を促進すべきかを把握できます。例えば、「未認知顧客」が多い場合は認知度向上が課題となりますし、「認知・未購買顧客」が多い場合は購買障壁の特定と解消が課題となります。
インタビュー対象者の選定では、目標に応じた適切なセグメントから代表的な顧客を選びます。例えば、ロイヤル顧客を増やしたい場合は既存のロイヤル顧客に対して「なぜ継続的に選んでいるのか」を聞くことで、その要因を他のセグメントにも広げる施策を考えることができます。
インタビューの実施では、前述の通り、オープンエンドの質問を多用し、顧客の内面に迫ることを心がけます。インタビューの内容は記録し、後で詳細に分析できるようにしておきましょう。
インタビュー結果の分析では、顧客の言葉や表情、感情に注目し、本質的なニーズや課題を抽出します。複数の顧客から共通して聞かれる意見や感想には特に注目し、それらを施策アイデアの基盤とします。
施策アイデアの立案では、「このアイデアはインタビューした顧客の心を動かすか」を常に問いかけながら、具体的な施策を考えます。カスタマージャーニー上の各ステップで顧客が抱える課題や感情に対応する施策を検討しましょう。
最後に、立案した施策を実行し、その効果を測定します。N1分析は一度きりで終わるものではなく、施策実行後の効果測定、さらなるインタビューという循環を通じて、継続的に改善していくものです。PDCAサイクルを回しながら、より効果的な施策を追求していきましょう。
N1分析は、特別な道具や高度なテクノロジーを必要としません。顧客と直接対話し、その声に真摯に耳を傾ける姿勢があれば、誰でも始めることができます。小さな一歩から始めて、顧客理解を深め、効果的な施策立案につなげていきましょう。

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